おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ヤン坊 (20世紀少年 第679回)

 マー坊が自己紹介をした次のページは不燃物のゴミ(昔はガラクタと呼んだ)が積み上げられた場所に、強い風が吹いている。そこにまた太った初老の男が出てきて、新調したばかりというスーツに針金を引っかけて怒っている。彼がマー坊でないらしいことは、前髪の分け方が反対であることから推測できる。マー坊と名乗った男は、向って右から七三に分けているが、こちらは向かって左から。ヤン坊であろう。

 これ以降、体格も顔つきも服装も意地の悪さも全く一緒の二人だが、これで区別がつく。区別する必要もないが。しかし、そう簡単に識別方法を確定してしまうのは早計かもしれない。なぜか。第1集の第4話に少年時代のヤン坊とマー坊の区別がつく貴重なシーンがある。このときのイジメの犠牲者は、秘密基地の仲間に入る前のドンキーであった。


 ドンキー少年は繰り返し、二対一の卑怯なルールでヤン坊マー坊のプロレスの相手をさせられていたとヨシツネが述懐している。このシーンでは、いつも二人一緒で責めるのに飽きたのか、タッグ戦の形式を取って、交互にドンキーいじめと、実況放送のアナウンサーの真似をしている。古舘役が相手の名を呼んでいるので、どっちがどっちか分かるのだが、ともだち歴3年とは髪の毛の分け方が逆なのだ。

 頻繁に変えて人をだましているとしたら(いかにもこの連中がやりそうな悪さである)私としてはお手上げだ。だが、嘆いていても仕方がない。ここではヤン坊であるはずの男の動向をみよう。「いたら返事してくださいよ、博士」と腹立ちまぎれに叫んでいる。博士はすぐ近くにいて、「んー」と谷岡ヤスジのキャラクターのような返事をした。


 「いま弟から連絡が入りまして」と言っているから、やはり兄のヤン坊らしい。訪問相手の博士とは、すっかり白髪頭になった敷島博士であった。山根と並ぶ本編きってのマッド・サイエンティスト、ロボット工学専門の敷島博士である。娘を人質に取られたのだからマッドは気の毒だろうか。しかし、この先を読むと本人にその自覚がある。15万人を踏みつぶしたのはキリコというよりも、山根と敷島教授の成果品だったのは間違いないのだから。

 敷島教授もヤン坊とマー坊の区別がつかないらしい。ヤン坊がいい加減、覚えてくれと言っているから、付き合いは短くないようだが、どちらが兄の名なのかも興味がないらしい。興味があるのは、いま左手で箱を持ち、右手でグリップを操作しているリモコンらしきもの、そして手動で動くはずの巨大な何かの影が地面に影を落としている。こちらの動力装置も「ゴオン、ゴオン」と重たげな音を響かせている。


 第10話「シナリオにないシナリオ」に入る。夕暮れどき、双子の兄弟はローリング・ソバットや、スリーパー・ホールドといったマニアックなプロレス技を仕掛けあっている。雷神山批判が興味深い。あれはレトロ過ぎて、今のガキ共はだませても、俺たちは騙されねえと言っている。年季が入っているから見る目が違うということらしい。年季とはたとえば猪木・ハンセンの生観戦らしいが、私はこれを知らない。

 鉄クズの山に手こずりながら、二人がたどり着いたのは「ほんとにこんなとこにいるのか」、「ずいぶんと落ちぶれたもんだな」とマー坊が呆れているように、トタン板で囲んであるらしい小さくて古びた町工場であった。「敷島製作所」と看板が出ている。その下に「よろず修理承り〼」と書いてある。機械類の修理で食いつないでいるらしい。このご時世、機械の製作は注文も少なかろう。


 この「〼」は、「ます」と読む。ですます調の「ます」の表意文字である。子供のころはあちこちのお店で見かけたものだが、うちの田舎でも今や大型量販店が跋扈して小売店絶滅危惧種になってしまい、ほとんど全く見なくなった。計量用の枡と引っかけてある。斜めに対角線が引いてあるのは、かつて酒などを枡の半分の量で買うとき、売り手が枡を斜めに傾けて、片側の底と反対側の頂点を結ぶ面を使って、二分の一を計量していたからです。

 空高く入道雲が立ちミンミンゼミが鳴いている。ヤン坊マー坊はプロレスごっこをやりながら、相手が暑苦しいだのブクブク太っているだのと、天に向かって唾するような暴言を吐いている。二人はワイシャツ姿だし、これに続く話の中で、二人とも敷島教授と初対面であることが分かるので、ユキジやカンナがコートを着ていたクーデタ未遂事件の半年か一年半ほど前のことだろうか。このたび敷島製作所長は修理ではなく、製作の注文依頼を受けることになった。



(この稿おわり)




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