おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

あたしのハートに火をつけてよ (20世紀少年 第573回)

 日本人の「宗教観」の無さを自嘲するときの月並みな表現としてクリスマスを祝い、神社に初詣に出かけ、お盆にお寺で墓参りをするなどなど我々は無節操であるといったことがよく言われる。私はこれが気に入りません。

 例えば、仏教には多くのヒンドゥーの神々が取りこまれているし、ギリシャ神話も周囲の古い神話の影響を受けているという説を聞いたことがある。うちは多神教の国なのだから、お役に立ちそうな神様仏様はそろって大歓迎というのは当たり前のことであり、恥ずかしいことでも罰当たりでもない。


 ただし、私たちの殆どはクリスマスを祝ってはいない。クリスマス・イヴの騒ぎをマネしているだけだ。かつて、日ごろ「ガッデム」などと職場で悪態をついているアメリカ人の同僚連中も、12月25日は家族で教会に赴き、イエス・キリストの生誕を祝い(神様が天から地に来てくれたお礼)、賛美歌を歌って祈りを捧げると言っていた。

 日本人のクリスマス観をねじまげたのは、おそらくイヴのプレゼント交換やケーキなどで儲けようという逞しい商魂に加えて、教育界や音楽界の責任も重い。「ジングルベル」の歌には「今日は楽しいクリスマス」という歌詞があるが、英語の歌詞にクリスマスという言葉は出てこないし、そもそもサンタの「そり」がテーマなのだからクリスマス・イヴの歌だ。


 「赤鼻のトナカイ」の「でもその年のクリスマスの日」も重大な誤りで、英語の歌詞にはちゃんとクリスマス・イヴと出てくる。こういうお遊び感覚をクリスマスと呼んで12月24日に騒ぎ、翌25日には何もしないのだから、初詣や墓参りと一緒にしてはいけないと思う。

 ついでにいうと、「きよしこの夜」は歌詞を読めば自明であるが、既にイエスは生まれているのでイヴの歌ではなく、25日の夜を歌ったものだ。「きよしこの夜」や「ホワイト・クリスマス」は、明日歌ったほうがご利益が期待できそう。もっとも、アメリカ人も24日に「メリー・クリスマス」と言っています。


 さて、第17巻は再登場する主人公をお迎えするために、北の検問所では蝶野巡査長と村の人たち、東京では地下街のアジトでカンナとサナエ、商店街でダミアンとコイズミ、プロダクションのオフィスには春さんとマルオが登場し、そろってケンヂの歌を聴いている。

 第17集第11話の「十字路の遭遇:クロスカウンター」は、第10集にも出て来た十字路の絵から始まる。また、それに被さるナレーションは「えー、僕は十字路で悪魔に遭いましてぇ...」とのんびりしたもので、いま演った曲はその悪魔に捧げたのだという。

 
 その青年が観客もいないはずなのに次はいよいよアンコールと言いながらチューニングをしていると、なんと拍手が聞こえてきたのであった。「俺の演奏、聴いてる客が?」と、若者は驚きを隠さない。血の大みそかのケンヂとそっくりだ。

 その客は、あまり行儀が良いとはいえず「えへへ―、見ーつけた♡」と喜色満面で道端にしゃがみこんでいる。「三年ぶり、あたしよ、あたし、小泉!」とコイズミは言った。おかえり、コイズミ。さすがは凶子、死のウィルスも避けて通ったか。ただし相手は「誰?」と不審そうである。


 コイズミはファンクラブの会長で、あなたの追っかけをやっていたと自己紹介し、次いで「たまたま仕事の帰りに通りかかったら」と興味深いことを言っている。ちゃんと高校を卒業したのかどうかは分からないが、コイズミも社会に出て働いているのだ。立派。

 ノー・メイクでもエロイムエッサイムズの元リードギタリスト、ダミアン吉田だとコイズミが分かったのは、ただ一曲だけソロでヴォーカルを務めたときの歌声を覚えていたからである。ダミアンはちょっと気恥ずかしげに、「そういう時代もあったかもしれないけれど、今の俺は」と中島みゆきのようなことを言った。


 遠い昔にブロードウェイでミュージカルを観たとき、配られたパンフレットに娯楽用のクイズが載っていて、誰かの発言がいくつか書かれており、それが誰のセリフなのかを当てろという趣旨であった。一つを除き、全く分からなかった。その一つとは、英文を正確に覚えてはいないが、こういうような意味合いであった。あれには笑ったなー。

Q: あなたは歌も上手いし、このほどソロ・アルバムも出して好評なのに、なぜバンドではほとんど歌わないのですか?
A: 別に俺は構わないんだがね。でも俺が歌っちまったら、その間、「奴」は何をしてりゃいいんだ?
 ロックに詳しくない方のために補足すると、「俺」とはキース・リチャーズで、「奴」とはミック・ジャガー


 さて、意外な展開にまごついているダミアンだが、コイズミは「いい!」と高い評価を与えている。昔の「ビジュアル系ハードコア時代」も良かったが今の感じも良いと両方をほめておいて、「録音した」とMDプレーヤー(今もあるのかなー)を差し出している。そして、「超メジャー系の大物」を知っているから売り込みは任せておけと不思議な押し売り。

 ダミアンは押されっぱなして、言われるがままにコイズミの手帳に連絡先を書いているが、あまり乗り気ではない感じ。事情がありそうだ。しかしコイズミは全く意に介さず「久々に燃えてきたー」と、一人で盛り上がっている。”ともだち”が牛耳っているとかいうこの時代は「あたしの聴くような曲がない」のであった。


 かつてコイズミがダミアンを追っかけたのは、エレキ・ギターのネックを這うような彼の指使いがたまらないからであった。しかし今のダミアンは、「こんな路上でくすぶっている」アンプラグドの弾き語りである。若干の身びいきもあろうが、プレイ・スタイルが変わったのに、一度聴いただけで即刻、世に広めんとするとは、コイズミも音楽を聴く耳を持っていると言わねばならない。それとも気が早いだけか。

 かつて中村の兄ちゃんがオッチョ少年に聴かせた曲の歌詞と同様、コイズミは「あたしのハートに火をつけてよ!!」と命じている。ダミアンは「はあ...」と言った。だがダミアンもまだ身を立て名を上げる夢を忘れていないらしい。コイズミからの連絡を受けて、二人は超メジャー級の大物の事務所を訪ねることになった。だが、そう簡単に事は進まなかった。



(この項おわり)




なんやかやと言いながらもメリー・クリスマスの我が家 (2012年12月23日撮影)




 Come on, baby, light my fire
 Come on, baby, light my fire
 Try to set the night on fire

     ザ・ドアーズ 「ハートに火をつけて」 1967年




























































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