おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

音楽祭  (20世紀少年 第741回)

 第21集の21ページ目。ここでは先に放送局を占拠し、ラジオ・アンテナを立てた田村マサオに、取りあえずの指揮命令権がある。彼は「今から武装蜂起を呼びかける」と後続参加のカンナたちに作戦を告げた。ところが意外にも娘は「だめよ」と言下に否定した。そんなことしたら”ともだち”の罠にはまるようなものだというのが彼女の意見だ。

 思い当たる節でもあるのかマサオは急に内省的になり、”ともだち”の思うつぼか、俺の人生は”ともだち”の思うつぼなどと独り言をいっている。「思うつぼ」とは以前、出てきたチンチロリンのようなサイコロ賭博において、親(ディーラーさん)が思い通りの目を出せるような腕を発揮することを「思う壺」というのであるらしい。言いなりで人殺しばかりの人生だったのだ。マサオも決着をつけないといけないことがある。


 相手が命がけであることをカンナも知っていよう。だが、関係ない人を巻き込んではいけないと散々叱られて目が覚めたのだ。それに自分も生きていればケンヂおじちゃんに再び会えるかもしれないという希望が出てきた。カンナの指摘に、マサオは「おまえ、”ともだち”をよく知っているな」と言った。そう、一人は実の父、もう一人は自分に”絶好命令”を出した自称20世紀少年。前者はともかく、後者を知悉していたかどうかがこれから試される。

 武装蜂起がだめなら何の放送をとマサオが訊くと、カンナは万博会場に避難させると答えた。「聖なる場所か」とマサオ。そこでライフルを撃ったくせに。カンナもこれを聞いて、あなたも”ともだち”をよく知っているようねと言った。マサオの顔色はさえない。しかし反応は鋭く、都民に呼びかけても”ともだち”にだまされた都民は誰も信じないぞと正論を吐く。「どうする」と問い詰められてカンナも黙ってしまった。


 DJという能天気な商売(失礼かな)は、こういうときに真価を発揮するものなのであろうか。しばらく前から目を覚まして話を聞いていたらしいコンチは、「しょうがねえな」と言って欠伸を噛み殺しながらソファから身を起こした。せっかくアンテナを立てたのに、流すものが決まらないのである。「決まるまでこれでもかけるか」と彼が取り出したのは、北海道土産のカセット・テープであった。急ぎ旅であったが一つだけポケットに入っていたのだ。幸運である。

 コンチは音声システムの電源を入れて、「チェケラッ」と言った。"Check it up”でしょうね。前奏に続く歌い出しは「日が暮れてどこからかカレーのにおいが...」という近頃ヒットチャートがあったなら首位独走中間違いなしのヒット曲であった。カンナの顔色がぱっと明るくなって「これは!」と驚いている。音源を持っているのは自分自身と、どこかのラジオ局のグータララ・バージョンだけのはず。


 さらに彼女がびっくりしたことに、ビラ貼りをしていた青年会もこの歌を知っていたのだった。周囲の家の中から聞こえてくるのだという。「ゴーゴー、ゴーズ・オン」と一人で盛り上がっているDJの背中を見やりながら、カンナは「どういうこと?」といぶかしげだ。当人に訊くのが一番。これをかけていたのは、あなたかと単刀直入にコンチに訊いた。

 大当たり。相手はマサオ以外にもリスナーがいたことを喜び、はるか北海道でかけていた甲斐があったとご満悦である。他方で、ビラ配りをしていた連中はコンチの曲のグータララ部分を聴いて、これは違うバージョンだと気づいている。カンナはようやく思い出した。地下街のアジトでの別れ際に、サナエにたくさんのテープを渡したことを。


 カセットを配ったのはサナエの功績だ。でも聴くか聴かないかは聴き手の自由。そして街中でみんなが聴いているという事実。カンナの記憶は2000年の一番街商店街に跳ぶ。ケンヂおじちゃんはオッチョに教わった1969年のフリー・コンサートの話を聞かせてくれた。「本気で勝負すると、何かが決壊するんだ」とケンヂは言った。

 あのときはフェンスが決壊した。邪魔だったからだ。1969年、ウッドストックの夏。ビートルズが時代遅れになり始めたころ。「音楽祭」とつぶやくカンナに、マサオは「バカバカしい、そんなことで人が...」と言いかけたが、DJの「いや、ありうる」という声に遮られた。

 DJはあのときのヒッピーたちと同じ格好のまま。話が合うんだ。「愛と平和の祭典...20世紀最大の奇跡...」とコンチは言った。ジミ、ジャニス、SCN&Y、CCR、この漫画はこのときのためにあの音楽祭を語り継いできたのだ。「やってみよう、ウッドストック」とカンナは言った。





(この稿おわり)





サツキ満開(2013年5月22日撮影)









 悲しみ 深く 胸に沈めたら
 この旅 終えて 町に帰ろう

           「岬めぐり」 山本コータローとウィークエンド
       
 



 I got my first real six-string.
 Bought it at the five-and-dime.
 Played it 'til my fingers bled.
 It was the summer of '69.

 
 初めて買った本物の弦6本の楽器
 5ドルと5セントで手に入れた
 指先から血が出るまで弾いた
 1969年の夏
 

          ”Summer of 69” by Bryan Adams























.