おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

おもちゃ (20世紀少年 第529回)

 第16集も終わりに近づいている。神様は「そろそろ地球も終わりなのか」と独り言のようにいったあとで、「なあ、オッチョよ」と声をかけて質問を始めた。サナエも真剣に聴いているが、カツオはまだコンビーフの缶詰と格闘中。地球の終わりよりも優先度が高いのだ。

 神様はこう言った。「俺はそんな経験がないからよくわからんが、欲しいオモチャを苦労もせず手に入れ続けて、ついには欲しいものがなくなったとしたら、その子供はどうするね?」。


 神様は私の両親と同じくらいの年代だと思うので、戦中戦後の極貧の中で育ったはずだから、どんなに苦労しても欲しいオモチャなんか容易に手に入らない子供時代だったのだろう。だが、自分は経験がないから分からないがという前提でオッチョに訊いているということは、オッチョなら経験していて分かるかもしれないと思っているのか。

 これまで何度か書いてきたが、オッチョや私が子供だった1960年代というのは、けっこう貧富の差があった。確かに、大雑把にいえば同程度に貧乏な人が多く、力道山の時代にはほとんどの家庭にテレビがなかったが、1970年になってテレビの普及率はようやく7割を超え、間もなく人口が1億人を突破して「一億総中流」と呼ばれる時代が来た。


 この間に戦後の高度経済成長が進んだわけだが、その恩恵が波及するにあたり当然ながら時差や地域差があったし、さらに家庭ごとの資産や所得の差もある。オッチョやフクベエの服装と、ケンヂやマルオの服装には明らかに家の豊かさの違いが出ている。万博に行ける家と行けない家。山根のように夏休み中ずっと万博三昧だった家と、オッチョの親戚に短期間泊まるのが精いっぱいの家。

 少年時代のオッチョは、あくまで比較的という程度だが、当時としては生活水準が恵まれていたほうだろう。団地住いはあこがれの的だったのだ(団地住いと団地妻は音が似ているが別物)。彼はいつも身なりが良かったし、ケンヂにアイスの金を貸すくらいの小遣いももらっていた。

 神様はオッチョに、育ちの良さを感じていたのかもしれない。第一、この物語の登場人物は、相手が年上でしかも神様なのに殆ど敬語を使っておらず、オッチョはその中で珍しく礼儀正しい言葉づかいをする例外的な存在なのだ。さらに言えば神様のことだから、もしかするとフクベエの少年時代はもっと金銭的・物質的に恵まれた家庭環境にあったことを見抜いていたのかもしれぬ。オモチャとマンガなら、手に入れ放題の感じだったもんな。


 そこまでいくと考えすぎかもしれないが、ともあれ神様がここで「子供」に例えているのはもちろん”ともだち”本人のことで、サナエの言う「子供のような話」をしている今の”ともだち”の比喩であることは間違いあるまい。「欲しいオモチャを苦労もせず手に入れ続けて」というのは、一新興宗教の教祖から世界大統領とやらになるまで、異例の勢いで立身出世をとげたことを指すのだろう。

 問題はその先で、「ついに欲しいものがなくなったら」と考える根拠はどこにあるか。単なる仮定の話、可能性の話にしては、この場面の神様は深刻な様子である。おそらく神様は本当に”ともだち”が欲しいものはみんな手に入れて、欲望が充足してしまったと考えている。


 ともだち暦に入って3年目、これまで神様はガッツボウルの中でただ一人、隠者のような生活を送りながら、世の中をどのように観察してきたのだろう。サナエによれば、宇宙人襲来とか火星移住計画とかいう荒唐無稽な話を信じている人もいるという。デモは一見、本気そうにみえて、命がけではなさそうだ。

 オッチョが見てきた街並みも新宿のビル街も、およそ活気がない。政府は地球防衛軍など作って遊んでいるが、宇宙人が来ない限り、この遊びも行き詰まりだ。東京中を倦怠感が覆い尽くしているような感じである。そんな中で、大量殺人と破壊活動を無上の喜びとしてきた者共が、当面やることを失っているように神様の目には映っているのだろうか。


 この難解な質問にオッチョが即答しなかったためか、神様は自問自答している。「”ともだち”はオモチャ箱をしまおうとしている」。遊びの終わりだ。ようやく重い口を開いて「”片づけちゃおう”ということですか。地球ごと...」とオッチョは言った。

 ところで、私の理解するところによれば、悪が「世界征服」というとき、それは世界の支配者になることであって、ここでいう「世界」とは天体としての地球というよりも、世界新記録とか「世界の国からこんにちは」で使われているような人間社会全体を指すはずだ。全人類を支配するのが、世界征服だと思う。


 となると、フクベエが宣言した「世界征服」と「人類滅亡」は両立しない。人間を皆殺しにして自分だけ生き残り、山川草木、花鳥風月を支配するのを世界征服とは呼ぶまい。そもそも地上の全ての魚や虫や花を征服したり、支配することはできないもん。両立しないなら、順序をつけて実行するしかあるまい。

 今はともだち暦やら世界大統領やらを周囲に押し付けた程度の段階であっても、”ともだち”はもう世界征服をしたつもりだと考えると、あとは人類滅亡の計画実行だけである。地球ごと片づけちゃおうとオッチョが表現したのは、おそらく死のウィルスの徹底的な撒布のことを意味していると思うのだが、地球ごと吹っ飛ばすような爆弾のことまで想定していただろうか? しかし、あの爆弾は本物か? 謎を残して第16集の終わりです。



(この稿おわり)





日の出 (2012年11月5日撮影)




























































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