おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

いいのか、そんなこと言って (20世紀少年 第422回)

 理科室の夜は第16巻にも出てくる。そこには日が暮れる前のフクベエたち行動も描かれているので、該当部分だけ先に少し読みたい。第16巻の105ページ、フクベエと山根が理科室にいる。放課後のようだ。そこにナショナル・キッドのお面の少年が来たのだが、そのとき二人は彼をサダキヨだと思ったらしい。

 しかし、次のページ、桜の花びらが舞い散っているので1971年の春、長袖姿の3人が歩いているのだが、そろってランドセルを背負っている。下校中のようだが、とうに遠くへ引っ越して別の学校に通っているサダキヨが、一緒に下校するのは不自然な感じがするが、さて、どうか。


 ここでフクベエは、”かれはいちどしんでよみがえるだろう”という「しんよげんの書」の預言を実行しようと言い出したらしく、さすがに山根は、「そんなことまでしなくても」と慌てている。しかし、フクベエは「今度の夏休みの最後の日、奇跡が起きるよ。」と譲らない。

 次のシーンは夏休み最後の日、山根がロープを持ってきて、三人は理科室に向かっている。この途中で万丈目と会うのだが、それは第16巻のところで触れるとして、その次に夜の理科室の出来事が描かれる。エンディングが違うのだが、途中も省略があるようで、第16巻だけ読むとフクベエはドンキーに向かって、「いいのか、そんなこと言って」と言っているようにみえる。


 しかし、第14巻はそうではない。163ページ目、後光がさしているかのようなドンキーに、「人が死んだら”無”になるんだ」と言われても、フクベエは傲然と見下ろしたままだ。ドンキー、「本当に死んだらそれまでだ。奇跡なんか起きない」。山根、「何言ってんだよ。ここで見ているじゃないか」。

 それに対してドンキーが断固、「トリックだ」と主張したときの、山根の「え...トリック?...」という反応が興味深い。彼は本当に驚いているように見える。今回読み直すまで、私は山根が端からインチキだと知りつつフクベエに調子を合わせていたのだと思っていたのだが、違うのだろうか。


 第12巻で大人の山根は”ともだち”に対して、口に出して言わなかったけれど、「君は嘘つきだってこと」は知っていたという口ぶりであった。クスクス笑いながら付き合っていたが、「わかってたんだ」と言っていたのである。これが私の先入観になっていたのかもしれない。それにしても、他の二人にそうとは知られずに、ドンキーが理科室に来るまでの短時間でトリックを仕掛けるのも困難だろうと思うのだが。

 さて、驚いたような山根の反応とは異なり、ナショナル・キッドの少年は「僕も...そう思ってた...怖くて言えなかったけど...」と言った。ドンキーは賛同者を得て嬉しそうだが、フクベエに「いいのか、そんなこと言って」と叱られて縮こまっている。


 更にもう一度、「いいのか、そんなこと言って」と言われて、ナショナル・キッドはフクベエを見上げているのだが、何も言わない。どうも、この場面に限らず、ヴァーチャル・アトラクション(VA)のナショナル・キッドは、サダキヨ風ではない。すでに触れたが、第7巻のテルテル坊主の中の会話も、第8巻の屋上での言葉使いも、かなり口の利き方が乱暴なのだ。

 実際のサダキヨとフクベエの会話は第16巻などに豊富に出てくるが、ほとんどサダキヨは言いなりである(大人になってもコイズミに対して、そう嘆いていた)。万博には行かないと突然いわれたときは、さすがに顔色を変えているが、言葉遣いは丁寧なものだ。誰に対してもそうだ。彼はきっと育ちが良すぎて、おとなしかったのも一因となってイジメの対象になったのだろうか。


 これまで見てきたVAの中身は、フクベエに都合よく過去が改ざんされているものだった。本物のサダキヨが「言いなり」なら、わざわざ口答えするようなキャラクターに変更するメリットはどこにあるだろうか? 

 ところで、第7巻でコイズミが単独で入ったステージでは、サダキヨは大人の顔で忍者ハットリくんのお面をかぶり、”ともだち”の少年時代を演じさせられていた。VA内のナショナル・キッドは、サダキヨとは別人なのではなかろうか。


 少なくとも、第14巻ではそう考えたほうがよいと思う根拠は、今回も第412回でも既に挙げてきた。では、VAから離れて、本当の理科室の夜も、サダキヨではなくて、もう一人のナショナル・キッドと考えて何か不都合はあるだろうか。今のところ思い当たるところはない。

 では、もっと積極的に、サダキヨではなくて別人だったという説得力のありそうな状況証拠はないものか。第14巻では、間もなくその候補者が「マスクの男」としてVAに登場してくるので、続けて様子をうかがうことにしよう。



(この稿おわり)



間もなく上野に来る。昔は「ターバンを巻いた少女」という優雅な名前の絵だったのに。
(2012年7月1日撮影)




宮古島、サンゴのビーチ(2012月7月9日撮影)