おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

暴力装置  (20世紀少年 第382回)

 第13巻の後半で、「終わりの始まり」が日本とアメリカとドイツで始まる。日本では先ず世田谷と北海道の室別という地で発生した。最初の目撃者の一人になったコイズミの活躍の前半部分は、あまり具体的に描かれていないので、勝手に補足します。

 彼女が世田谷でアパートの全滅状態を目撃したのが131ページ目で、その次のページにテレビのニュースが出てくる。いわく、世界各地で”2000年血の大みそか”と同じような全身から血の吹き出す病気が発生し、その威力は当時のものよりはるかに強く、現在のところ、その殺人ウィルスに効果のあるワクチンは存在しないと報道している。


 実際には、ワクチンはわずかながら開発され、米国と欧州で若い命を救った模様であるが、ここではページの順序に従わず、第11話の「忍び寄る恐怖」に描かれているコイズミとトモコさんの、その後の様子を追おう。世田谷のアパート周辺は半径15キロ内が特別警戒区域となって出入りが禁止された。

 昨年の原発事故でも出入り禁止の地域が設定されて、住民のみなさんは避難せざるを得なかった。この事故や津波被害における防災、救命等の諸活動において、日本の自衛隊海上保安庁、警察、消防の果たした役割は限りなく大きい。世界に誇るべきものです。震災の少し前に自衛隊暴力装置と呼んだ官房長官がいたが、近年あれほど男を下げた男もおるまい。


 私が暴力装置という言葉を初めて聞いたのは、1990年代後半のカンボジアで、当時の大使館員の一人が、同国の軍隊と警察を会議でそう呼んでいたを覚えている。当時のあの国の軍隊と警察は、なんせポルポト存命中で内戦状態だったから、暴力沙汰が絶えなかったのも事実である。

 だが、現代日本の治安当局は、率先して暴力を振るうような組織ではない。少なくとも、私に限らず多くの同胞は、そう思いながら安心して暮らしている。ところが、物語では第11話の冒頭において、世田谷地区の現場は住民等を閉じ込めたまま武力封鎖されている。


 見ればウォッチ・タワーの上に毒ガス用マスクをかぶってライフルを構えた見張りが2名、周囲は鉄柵で囲まれ、なんと重機関銃を装備した戦車が2台、出入り口に陣取って住民に銃口を向けている。そして、逃げようとした男が一人、自動小銃で脚を撃たれて倒れた。絵柄がとてつもなく暗い。

 1997年と2000年の細菌兵器と爆発物によるテロは、ケンヂ一派の仕業であって、ともだち”が正義の味方となり、政府はおおむね従来のままであった。だから国民は、単純にも2015年までは”ともだち”を尊敬しながら、多少不便になったものの、それまでの生活を続けていたのだが、とうとうここにきて暴力装置はその正体を現してしまったのだ。室別でも事態は同様らしい。


 テレビの報道よると、メゾン・アナンスタンの死者は、井川さんを含めていずれも二十代の若い男性4人。また、もう一人の住民、森園滋勝(28歳)という男が行方不明となっている。そして、若い女性の声だったという第一通報者も所在が分からず、感染の可能性ありということで「名乗り出るよう呼びかけています」。

 これはコイズミのことであろう。携帯電話がなかなか見つからなかったのだが、どうやらそれが不幸中の幸いで、自分かトモコさんのケータイを使っていたら発信者が分かってしまっただろうな。どこかの部屋の固定電話から通報したに違いない。そしてアパートで、二人して腰を抜かしたままだったら、周辺住民と同じく暴力装置により隔離されてしまっただろう。


 しかし、コイズミは「生きた心地がしない」というほどのショックを受けてしまっていたとはいえ、百戦錬磨と言っても差支えないほどの修羅場をくぐりぬけてきた。ヴァーチャル・アトラクションからの生還、「ともだち博物館」からサダキヨと共に逃亡、桃源ホームの屋上から高須の包囲網を振り切って脱出。

 おそらくコイズミは友民党の魔の手が伸びぬうちに、トモコさんを引きずるようにして現場から離れ、実家のある町に急ぎ戻ったに違いない。そしてコイズミは自宅の庭で制服を焼却処分にした。この木の枝に引っかかっている制服の燃えカスの絵を見るたびに、私は「寄生獣」を思い出さずにはいられないのだが、そのシーンを詳しく書くと、読んだ下さった方に酷く不快な思いをさせてしまうおそれがあるため控えます。「寄生獣」は歴史に残る名作である。


 そのあとコイズミは「全部きれいに洗いながさなきゃ」と叫びながら、「それなりのボディー」をシャワーで必死に洗っている。それなりかどうかについては、身体の後ろ半分しか描かれていないので、詳しいコメントは差し控えます。今日は控え目な私。

 そこに、トモコさんからテレビ電話が架かってきた。トモコさんはすっかり憔悴していて、口も重い。コイズミは彼女に対し、制服を燃やしたか、シャワーを浴びたかと問い詰め、最後には、うがいしろとか歯あ磨けとか、田村マサオがケンヂに命令したように全員集合風になっているのだが、傷心のトモコさんはそれどころではない。二人の切ない会話が始まる。


(この稿おわり)




ビョウヤナギ(2012年6月3日撮影)