おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

一刻館   (20世紀少年 第379回)

 第13巻の第7話は「終わりの始まり」という、いかにも「20世紀少年」らしい題名がついている。この作品が嚆矢なのかどうか知らないが、最近、良く見かけるようになったレトリックである(昔は無かったと思う)。ここでは何の「終わり」かというと、まず、「西暦の終わり」であり、その先には下手をすると人類の終わりが待っている。友民党も終わり始めている。

 ファスト・フードの店内で、コイズミがトモコさんに叱られているところから始まる。同級生と思しき女子高生4人。場所はテレビや家具の絵からしても、121ページ目で娘の一人がドーナツショップと言っていることから、この前の年にカンナが春さんの歌を聴いて怒り、スプーンを曲げて出て行ったミセス・ドーナツだろう。すでに飲み食いは大方終えた様子である。コイズミはこの店で高須に見つかっているのだが、もう平気なのだろうか。


 テレビは”ともだち”の追悼行事に関するニュースをやっていて、それに気を取られているコイズミが、携帯メールのことで相談中のトモコさんを無視していたため「小泉!」と怒鳴られている。かつてトモコさんに「響子」と呼ばれていたコイズミも、「凶子」が嫌で名乗りを変えたのだろうか(もっとも、後ほど元の響子に戻っている)。

 女子4人は制服姿だから学校帰りか。かつて私は2014年に入ってからは、物語に季節感が乏しくなったと書いたのだが、わずかに高校生たちは校則で制服が季節変動するため、若干ではあるが季節の移ろいが分かる。第7巻のコイズミ初登場の場面では、女子はリボン、男子はネクタイで、ジャケットを着ている者もいるから春ごろだろうか。


 第10巻ではコイズミもトモコさんも遠藤カンナも、男子たちもそろってリボン・ネクタイなしの開襟で腕まくりしているから、夏休み明けのまだ暑い季節ではないかと思うな。この第13巻では、彼女たちは第7巻よりも濃い色のリボンとジャケットを着用しているし、店を出てからマフラーをしているので、2015年の年明けの寒い季節に違いない。

 トモコさんには、大学生の恋人がいる。この物語はラブコメではないこともあり、色恋沙汰がほとんど出てこないのだが、数少ない例外がトモコさんと、194ページ目に名前が出てくる井川守さん(20)の二人であった。あっと言う間に終わってしまうのだが。その井川さんからデートをキャンセルするとのメールで来て、トモコさんは怒り心頭に発している。


 第5巻で、ウジコウジオの両氏によると、ラブコメには30年周期説があるらしい。2014年から30年遡ると、1980年代の半ばである。私はそもそもラブコメというジャンルが良く分からないので、この問題は放置した記憶がある。だが、日本語環境のインターネットは、マンガとアニメに関しては大昔も含めて実に詳しい。調べただけのことはあった。

 第3巻の203ページに、バンコクの街角で少年サンデーを見つけて懐かしがっているショーグンが出てくる。彼のセリフに「高橋留美子か...。『うる星やつら』だっけ?」という一節があるが、サンデーの表紙にも書いてあるように、これはラムちゃんの漫画ではなくて「犬夜叉」である。


 「うる星やつら」はネット情報によると1980年代の連載で、あるサイトによればラブコメに分類されるらしい。そのころ私はスピリッツを購読していたことがあって、ちょうど、「パイナップルARMY」の連載時で、時期が重なっていると思うが「メゾン一刻」も大人気であった。私は一の瀬のおばさんと四谷さんのファンでした。名字と部屋番号が連動していたなあ。管理人の名前は奇しくも響子さん。

 この「メゾン一刻」もラブコメで、他にも似たような作品が多かったならば、1980年代はラブコメの流行期だったのと言えるのかもしれない。同じ小学館、スピリッツつながりという要素もあるが、どうやら浦沢さんはルーミック・ワールドがお好きなのではないかな。面白いもんね。高橋作品は独特のユーモアに満ち溢れている。


 井川さんたちが住んでいるアパートの名前は、第11話のニュースによると「メゾン・アナンスタン」という名前である。メゾンはフランス語で家のことらしいが、「メゾン一刻」が流行って以降、集合住宅にメゾン何とかが激増したような気がする。漫画の中では「一刻館」という古風な名称がつけられていたのだが。

 フランス語は苦手であるが、さすがに数字の「一」が「アン」であることは小学生のころから知っている。小学館学年誌は、最後になぜか必ずと言ってよいほどバレリーナを目指す少女の漫画が出て来て、一年中「アン・ドゥ・トロワ」なんて踊っていたからだ。キャンディーズの歌にもありました。作曲は吉田拓郎です。

 
 アナンスタンは、この「アン」と、もう一つの単語がリエゾンでくっついた発音であるならば、次の語は母音で始まる「アンスタン」に違いない。と思ってネットで検索するとやっぱり便利なもので、幾つか「instant」と書いてアンスタンと日本語向けの発音が付されているサイトがある。英語のインスタントと同じ語源だろう。

 したがってアンスタンは、ほんの一瞬、ちょっとの間というような意味ではないかと思われ、となればメゾン・アンスタンは、一刻館に違いない。ただし、住人の名字は部屋番号とは関係ないみたい。ともあれ、住んでいるのは若者ばかりで、今どき珍しくみんな仲良しだったのが致命傷になった。


 井川さんがやつれた顔写真付きのメールをトモコさんに送ったのは、「ごめん、いけなくなった。風邪ひいたみたい・・」という文面にあるように、体調不良のためデートの約束を守れなくなったからだ。

 他の女の存在を疑うトモコさんは、どう思うと友人たちに見せているが、コイズミ以外の二人からは「さえない」、「顔色はよくない」、「貧乏そう」、「バカ大学」と評価は散々だ。心ここに非ずのコイズミのみ、意外とまともに「だからそれ、本当に熱でもあるんじゃないの」と応えているが、そんな話題が面倒なだけだな。


 「終わりの始まり」を招きつつある死のウィルスは、ここ日本の東京の世田谷のみならず、アメリカでもドイツでも同様に、最初は風邪のような症状が出ることが、このあと分かってくる。エイズは最初のうちインフルエンザのような症状が出ると話題になったが、それと似ている。

 山根が開発したウィルスは、すでに2014年の暮れにはアフリカで流行の兆しを見せた。後に出てくるが、キリコもアフリカで同じころワクチンの準備を始めている。しかし、”ともだち”を失った狂信者の群れは、早くも”しんよげん書”の実現に向けて動き出したらしい。嵐を呼ぶ女子高生コイズミは、やはり早速その現場に立ち会うことになってしまったのだ。


(この稿おわり)



バルコニーにて焼酎の水割りをいただく(2012年5月27日撮影)