おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

新巻鮭の男  (20世紀少年 第385回)

 先日、東京湾岸にある葛西の水族館から、フンボルトペンギンの少年が脱走し、何十日後かに岸辺でのんびりしているところを捕まって戻された。ペンギンは飼育数が多いので、各個体は海ほたる刑務所と同じく番号で呼ばれているらしいのだが、水族館ではこの快挙を祝して特別に命名することとし、その名を公募中であるそうだ。

 シンプルに「脱走」でも良いんじゃないかと思う。「オッチョ」という案も考えたのだが、そんな名前がついたら、きっとまた脱走するであろう。閑話休題
 

 第13巻の第11話から第12話の段。テレビのニュースは、室別から世田谷に切り替わり、被害の出たアパートから行方不明になっている森園を捜索中であると伝え、協力を呼び掛けている。この半年間で、オウムの逃亡犯3人が立て続けに捕まった。いろんな連中が逃げるなー。最初の一人は自首だったが、残りは警察と報道の威力によるものだ。オウムの件は、そのうち別途、話題にしたいと思う。

 森園は更に危機的な状況下にある。彼はウィルスの容器を割るという不注意極まる大失態をおかした上に、その様子を井川さんに撮影され、しかも自分が鍋仲間の一人であることをトモコさんに知られている。このままでは”絶交”間違いなし。証拠を隠滅しなければ命はなかろう。


 森園のニュースを観ながら、コイズミはテレビとトモコさんという二つの情報源から得たキーワードの幾つかに、何らかの関連性があるのではないかとの疑念を抱いた。この場面のコイズミは聡明な表情をしていて、とてもチャーミングであると思う。そう思うことについて、彼女が極めて薄着であることは関係がない。

 コイズミは一人で連想ゲームを始めた。室別。北海道。お土産。石狩鍋。「なんでもない」と言う森園。「”ともだち”ワールド出身のエリート」と井川さん。「何ふいてたの」とコイズミの独り言。新巻鮭。「まさかね」とコイズミは言った。その途端に思い出したのだ。井川さんが森園に対して、「トモコに紹介する」と語っていたのを。

 森園はトモコさんの存在を知っている。そのトモコさんは今、新巻鮭を持ってきた宅配に会おうとしている。コイズミはテレビ電話から、トモコさんの携帯電話に緊急速報を流そうとした。しかし、それより早くトモコさんは玄関のドアを開けてしまう。テレビなど見る余裕もなかった彼女は、新巻鮭の男が恋人を殺した森園であることを知らなかったのだ。


 ところで、第13巻は2003年に連載された部分を単行本にまとめたものなので、もうすぐ10年経つ。10年前は、ここでコイズミが使っているような、また、古典的なSF作品にもよく出てくるような画面付きの通信機器(昔は「テレビ電話」と言っていたので、私もそう書いてきた)が、2015年には一般家庭でも使われるくらいに実用化、商品化されているという予想の元に描かれている。

 実際には、2012年の時点で、企業のテレビ会議などでは活用されているけれど、民間人でこのようなサイズのテレビ電話を自宅で普通に使っている人はどれほどいるのだろうか。若者は小さな携帯端末を起用に使いこなしているのだろうが、パソコン慣れしていない中高年においては、ほとんど利用者はおるまい。それに由緒正しい日本人は、親しい相手ほど面と向かって喋るのが苦手なのです。


 宅配便の受取り手続きをしようとしたトモコさんに、ようやくコイズミの声が届いた。携帯の画面を男に向けろと言われて、トモコさんが森園の顔を写す。コイズミのいつもながらの驚愕の表情。これが井川さん殺しの犯人と教えられて、トモコさんは扉を閉めようとするが遅かった。

 力ずくで侵入してきた森園は、何と新巻鮭でトモコさんを殴り倒した。新巻鮭といえば、今は知らないが、昔は超高級品のお歳暮であって、私は見たことすらない。新巻鮭に対し、また、女子高生に対し、これほど無礼な行いもあるまい。コイズミも怒った。


 トモコさんの映像は全部こちらに転送されているもんねとコイズミは森園に勝ち誇って言った。機密情報は一人で抱え込むと危険であるが、大勢と共有すれば身の安全は図られると、散々ユキジやヨシツネに言われたばかりだもんね。だが、相手は一枚上手であった。

 なぜか森園はトモコさんの学校の名簿を持っている。どうやって入手したか分からないが、これで住所を突き止めてトモコさんの家に来たのだろう。そして、彼女の電話の相手が「キョウコ」であることも知っている。あいにく同じクラスに、キョウコは一人だったらしい。「今、そっち行くから」と森園は言った。


 コイズミはまたしても窮地に陥った。ようやく服を着て、外に出ようとしたところで男に捕まる。しかし、幸いなことに相手は森園ではなく、ヨシツネ隊の弁慶さんであった。このときのヨシツネ隊の機動力は素晴らしい。同じころ、「エンジニアの彼」がトモコさんの身柄を確保している。ただし、森園は逃げた。

 コイズミは車に乗せられ、またしてもヨシツネの秘密基地に連行されようとしている。その理由は「あなたは任務に専念してください」というものであった。「任務って何?」と叫ぶコイズミ。さて、ここで一旦コイズミから離れて、第8話に戻る。舞台はアメリカ合衆国ニューメキシコの荒野で、一人の少年が死にかけている。



(この稿おわり)



「鮭と鼠」 葛飾北斎