おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

怪鳥   (20世紀少年 第326回)

 アルフレッド・ヒッチコック監督の映画に「鳥」という作品がある。なぜか殺意満々の無数の鳥さんが人間を次々と襲うという怖い怖い映画なのだ。小学生のころ二回ほどテレビのゴールデン洋画劇場か何かで観たのだが、中でも特別に恐ろしい場面がある。観たことがある方なら賛同してくださるかもしれない。

 鳥の群れに襲われた家族が住いを捨てて逃げ出そうとするのだが、そのとき幼い娘が、鳥かごで飼っている小鳥を連れて逃げたいと言い出す。家族が一瞬、黙り込む。ただ、それだけのシーンなのだが、ブラウン管の中の少女に「アホか、置いて行け、そんなの!」と言わずにはいられないほど怖い。

 結局、私の記憶では、その小鳥は何の悪さも協力もせず、要するに伏線でも何でもないのだが、その瞬間の不気味さは異彩を放ち、実に嫌な余韻を残す。さすがはヒッチコックおじさん、芸達者なのであった。


 第11巻にも、私にとっては、それを彷彿させるような嫌なシーンがある。193ページ目、薬屋の戸倉が友民党相手の電話に「良いお年を」と、ふざけた挨拶をして通話を終えた後で、セキをしている運転手に風邪かと尋ねている。ドライバーが「このところ冷え込んできましたので」と詫びを入れると、戸倉はまだ市販されていないという薬を彼に渡しながら「効くよ」と言っている。

 ただ、それだけで終わり。でも、この先々の展開を知る読者であれば、2015年に世界中で流行することになった、全身から血が噴き出る死病は、最初にまず風邪のような症状を起こすことを知っている。なんだか、額縁に入れて飾ってあった顔写真が倒れてガラスが割れたような、そんな不気味な予感がする。


 ちなみに、風邪薬は良く知られているように副作用で眠くなるものが多いので、処方上の注意も確認せずして、運転している最中の人が服用するなど論外である。まして製薬会社のお偉いさんが、部下のドライバーに勧めるなど、とんでもないことです。そういうことをしているから、運転手は漫画家の角田氏の策略にあっさり引っかかって、犬のように首輪をかけられて電信柱につながれてしまったのだ。


 角田氏は、自販機の横に道路標識があったはずだと、運転手をだまして停車させたのち、その男を電柱につないで逃げながら、「そういえば、最近見ませんね、マンガの自販機!!」と楽しそうに言い残している。

 そうそう、昔はマンガの自販機があったのです。私が今も持っている「火の鳥」の大判(B5サイズぐらいか)のシリーズは、大学時代に京都の東大路沿いにあった自動販売機で買い集めたものだ。なぜ消えてしまったのだろう?? ちなみに、マンガだけではなくてビニールに包まれた或る種の本も一緒に売られていたので、公序良俗に反した廉で消されたか。


 車中には戸倉の用心棒と思われる目付きの悪いのが二人乗り込んでおり、異変を察知してドーベルマンのごとく外に飛び出した。そのうち一人は懐に拳銃を呑んでいたらしいが、運良く、何も知らぬまま棒でぶん殴られて気絶。二人目はあいにく、空中を飛来するヌエかロプロスのごとき怪鳥の影を見てしまった。でも、やっぱり面を取られて一本、失神。オッチョの棒術は衰えを知らない。

 戸倉のみは座席で腰を抜かしたまま、金棒を振り回す鬼のような怪人に自由を奪われて身動きがとれなくなった。間違っても年の瀬、仕事納めの夜に、こんな目には遭いたくないな。ヒッチコックの鳥のほうが、どれだけ可憐か、どれだけ安全か。「前の所長はどこだ。彼の住所は? Dr. ヤマネはどこだ?」とショーグンは言った。


(この稿おわり)




春は雑草(2012年4月10日撮影)




飛行船、飛来(同日撮影)