おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

おばけ (20世紀少年 第810回)

 まずはお詫びと訂正から。前回、ケンヂが入り行く先のヴァーチャル・アトラクションは1969年の夏と書いたのですが、正しくは1970年でした。単なる思い込みによる勘違い。1970年であることは、万丈目とケンヂの会話からも、フクベエたちが5年生であることからも間違いない。失礼しました。

 気を取り直して、上巻第5話のタイトルは「未来のおばけ」である。未来のケンヂがヴァーチャルのケンヂに「オバケじゃないよね?」と言われたことから採られたのだろうが、おまけとして万丈目のオバケも登場するという趣向が用意されている。

 お化けと幽霊はどう違うのであろうか。なぜこんな設問を置くかというと、ヴァーチャル・アトラクションの中でケンヂ少年が神社の階段を駆け上がった夜は1970年の夏のはずであり、となれば数日前にオッチョと一緒に首吊り坂の屋敷で「本物の幽霊」を見たはずなのだ。言葉を使い分けている以上、少年にとって別物なのだろう。


 あれこれ辞書を引いてみると、幽霊とは死んだ人が成仏できずにウロウロしているのを指すという見解が一般的である。お化けのほうは主に二つの意味が載せられており、一つは「怪物」(英語のmonster)で、このブログで取り上げたものでいえば千住の「お化け煙突」もこの用法である。もう一つの意味は「妖怪」(英語のghost)で、変化(へんげ)とも呼ばれるように本来の形から変わっているもの。唐傘お化けみたいに。

 ちなみにオックスフォードの英英辞典によると、”ghost”とは「死んだ人間が化けて出たもので、明らかに生きている人間同様に見えるものの、典型的には不透明なイメージとして登場する」(拙訳)と妙に詳しい。映画「ゴースト」でデミ・ムーアを悩ませたパトリック・スウェイジの幽霊は無色透明だったような覚えがあるが、例外もいるのだろう。


 私の子供の頃からの印象では、お化けとはどこかしらユーモラスな存在であり、他方で幽霊とは怖いものである。このお化けのイメージは多分「オバケのQ太郎」や「ゲゲゲの鬼太郎」の影響だろう。熊倉一雄の歌う「お化けは死なない」というのが何とも可笑しい。先年この歌を泉谷しげるがド迫力でカバー(?)しているのを聴いた。すげえ人選である。紅白で歌わないかな。カランコロンの歌も素敵であった。唄っているのはサザエさん

 鬼太郎に登場するお化けの中で、何といっても秀逸なのは目玉おやじとビビビのねずみ男である。主人公よりずっと魅力的だった。ねずみ男の声優は大塚周夫で、にわかに信じがたいが第十三代の石川五エ門と同じ人である。水木さんの妖怪キャラクターは先述の英英辞典によるゴーストの語義よりも広くて、必ずしも人間的な容貌ではない一反木綿やぬりかべも出てくる。なんせ八百万の神がまします国、おばけも多種多様なのだ。


 問題は幽霊である。オックスフォードのゴースト「死んだ人間が化けて出たもの」というのは、むしろオバケより幽霊を連想させる。典型的には白い服を着て、柳の木の下などに漂っており、成仏できないため「うらめしや」が決めゼリフである。

 「20世紀少年」では先ほど挙げた首吊り坂の神田ハルの幽霊が有名であり、幽霊なんかいるもんかと言ったフクベエ(人間は死んだら無になるという主張において、フクベエとドンキーは意見が一致している)がサダキヨにつくらせた幽霊は、当然ながら魂がこもっておらず不評であった。


 ケンヂたちが恐れた幽霊どもは柳の木とは無縁で、首吊り坂の屋敷のほかにも理科室に出るとされていた。戸倉がオッチョに語るところによると、かつて山根は戸倉に対し理科室でカツマタ君の幽霊と理科の実験をしていたと懐かしんでいたらしい。

 お気に入りの照明器具はアルコール・ランプであった。われわれはあれで石綿を焼いていたのだ。ちなみに、手塚漫画の常連にアセチレン・ランプというおっさんがいるが、なぜかロウソクが灯っている。


 上巻99頁でケンヂがいよいよヴァーチャル・アトラクションに入る。設備一式の設置場所はコイズミ時代のともだちランドではなく、ともだちタワーの中にあるようだ。いつの間に訓練したのか、外人さんが機械の操作をしている。

 幸いケンヂの脳波も心電図も異常なし。準備が整ったとプロファイラーがケンヂに声をかける。「いつでもOKだ」と合図を送ったケンヂは旅姿のままだ。上巻の冒頭はカラーになっており、それによるとジャケットは青で、ズボンは薄茶色である。

 ヴァーチャル・アトラクション内では現実世界から入ったときの格好のままであることを聞き知っているのだろう。愛用の楽器兼武器であるアコースティック・ギターを背負っている。かつて彼の仲間はみんな立ったままこのステージに上がったものだが、ケンヂは行儀悪く胡坐をかいている。スイッチが入った。




(この稿おわり)







水木しげるさんの故郷は島根県の境港。私はここで飛行機を降りてフェリーに乗り隠岐に渡りました。
(2013年7月9日、境港市にて撮影)








 オバケなんだ
 オバケなんだ
 オバケなんだけれど
 ともだちなんだ            
 
           「おばけのQ太郎」


















































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