おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

そんなの友達じゃないと思うんだけど...  (20世紀少年 第288回)

 前回、話題にしたサダキヨの思い出話は、サダキヨがコイズミと共に、”ともだち”の部屋の中で、また、そのあとで廊下を歩きながら交わされたものだ。そんなにのんびりしている場合ではないと思うのだが、こういうタイプの人は、一旦、話し出したら止まらないのだろうか。

 まだまだ、話は続く。サダキヨは、「次の学校でも、その次の学校でも、いじめは続いた」と言っている。これは彼のご両親の作戦が裏目に出たな。いじめられやすい性格というものがあるとしたら、それは転校では変わらないし、そのたびに変な色の上履きやランドセルになってしまう。


 しかし、サダキヨによれば、「彼は友達だった。40年以上...」ということなのだ。それでは、どういう友達だったかというと、彼が語る順番に書き挙げると、こうなる。

 ・ 彼はいつも僕の悩みを聞いてくれた
 ・ 彼なしでは僕は何もできないことを教えてくれた
 ・ 彼はいつも僕に、あーしろこーしろと言った
 ・ 彼はいつも僕に怒ってばかりいた
 ・ 彼は僕のすべてを知っている! でも僕は彼のことを何も知らない。
 ・ 彼は、いい者? 悪者? 僕を奴隷みたいにして...


 しゃべっているうちに、だんだんと腹が立ってきた様子が、手に取るように分かる。ここまで語ってから、サダキヨはマッチで灯油に火を放った。マッチ箱に「喫茶さんふらんしすこ」と書いてある。フクベエもあの喫茶店に行ったのか。「”ともだち”の家が燃えていく。裏切ってしまった。」とサダキヨは語る。かれは、遠い昔、この博物館のモデルになった家で、大阪万博に行く夢を語った。裏切られたのは、貴兄が先だよ。

 車は木造の車庫に駐車しているらしい。それを蹴破るように飛び出して、サダキヨとコイズミは遁走した。トヨタ2000GTの車体前方部分が破損してしまったが、この状況ではやむを得まい。再び、裏切ってしまったと呟くサダキヨの横顔も見ず、うつむいたままのコイズミが全編屈指の名言を残している。「あたし、思うんだけど....。そんなの友達じゃないと思うんだけど...」。


 この物語は随所に、”ともだち”とは誰か、友達とは何かというテーマが探られ、語られている。コイズミは端的に彼女なりの結論を出している。”ともだち”は、友達ではない。彼女が辛そうに絞り出したこの言葉は、サダキヨのかたくなな心の一番奥のほうまで届いたはずだと思う。


 この先も車内でサダキヨの昔語りは延々と続くのだが、一つ、気になることを先に挙げておく。彼はコイズミに、ヴァーチャル・アトラクションの中の自分の顔がどんなだったかを尋ね、子供の体に今の大人の顔が付いていたと聞くと、「だろうな」と納得したあとで、こう言っている。

 「ケンヂやオッチョ達の顔は、彼らの子供の頃の写真をもとに、CGでプログラミングされたものだ」。さて、これをどう読むか。きっと写真も材料にしているのだろうが、写真だけでヴァーチャル・アトラクション(VA)が出来上がるものだろうか。


 これまでも見てきたように、VA内に復元されている過去は、テレビやネットのような視覚・聴覚の情報だけではなく、触覚や嗅覚や味覚にも訴えているのだから、これらを再現するためには写真や言語情報だけでは限界がある。ヨシツネとケンヂが入っても、違和感がないほどの完成度なのだ。

 われわれは味覚や嗅覚も記憶として残ることを知っている。これは昔の味だとか、昔の香水の匂いだとか、突然記憶がよみがえることは珍しくない。これらも再現するためには、脳内の記憶そのものを電子情報でコピーすれば可能であり、実際に第16巻に記憶の読み取り装置が登場する。


 脳神経の情報伝達が、電気の信号により行われているのは小学生でも知っているだろう。脳や神経が身体活動や思考・感情の全てを動かしているという意味では、われわれは電動です。その電気の情報を科学技術で読み取ることは理論的に可能で、何を考えているかのみならず、理屈では潜在意識まで読まれてしまうことになる。

 サダキヨはVAの仕組みについて、それほど詳しくは知らないのだ。そもそも、VA内の自分の顔がどうなっているかコイズミに訊いているくらいだから、彼には断片的、基礎的な情報しか与えられていないことになる。第一、フクベエはサダキヨ少年の素顔を知っているのだから、写真がなくて再現されているのではなく、故意に削除されているはずです。

 ドリームナビゲーターの若い連中にまで、あなたでもできることがあるなどと言われているように、サダキヨの不安定な人格の評価は、かなり低かったのだろう。実際、これから恩師を訪ねて三千里の道中、生徒のコイズミに、おんぶにだっこのサダキヨ先生であった。


(この稿おわり)



島原湾にてコウイカを釣る(2012年2月27日撮影)