おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ゆりげらあ   (20世紀少年 第291回)

 第10巻第11話の「雷鳴」は、冒頭に2000年のケンヂとカンナのエピソードが挟み込まれている。サダキヨとコイズミの騒動から、カンナと校長の話に切り替わるつなぎの部分なのだが、この構成が抜群に上手い。

 お尋ね者のケンヂは、3歳のカンナを連れて、大胆にもカレーライスの外食中。スプーンを凝視しているケンヂに、何しているのと訊くカンナ。ケンヂは中学生のときに、ユリ・ゲラーというスプーン曲げ男が来日したときの話を聞かせている。そう、大騒ぎになったのだ。


 スプーン曲げについては、もう何回か語った。結局、この物語においては、曲がるときには曲がるという、さじを投げたような結論を出したままになっている。ただし、カンナに限って言えば、曲げる能力と意思があって曲げている。ここでは、幼児の本人もちょっと驚いている様子からして、カレー屋さんで試したら曲がったのが初めてのことだろう。

 爾来、新宿歌舞伎町の教会でも曲げたし、ミセス・ドーナツの店でも曲げたし、ともだち歴3年には”ともだち”の目の前で曲げて見せている。お店に弁償した形跡はない。


 ユリ・ゲラー程度のことは、おそらく熟練した手品師なら余裕でこなせる芸であろう。しかし、給食用の頑丈な先割れスプーンを、小学生が本当に曲げるのは容易ではない。クラス全員のスプーンが曲がった大事件もあったが、他方で、屋上でケンヂが一人こっそりと、ズルして曲げようとした小事件もあったことが紹介されている。

 しかし、屋上といえばサダキヨの縄張り。強引に手で曲げようとしている現場を押さえられて、「ズルはダメだよ」とサダキヨに背後から叱られたことを思い出しながら、ケンヂはカンナに向かって、”ともだち”のやっていることはズルばかりだから、サダキヨは”ともだち”ではないような気がすると語った。コイズミの話を聞いて、カンナがこれを思い出したのだ。


 ケンヂの根拠は、かなり薄弱なような気もするが、好意的に解釈すれば、クラス会でフクベエに、サダキヨ”ともだち”説を暗示されたものの、冷静に考え直してみたのだろう。ところで、この場面のサダキヨは例によって、ナショナルキッドのお面なので、これだけではサダキヨではない可能性がある。

 しかし、第11巻第7話の「サダキヨの決意」には、ナショナルキッド側から見たケンヂの姿が描かれており、その後の展開からして、やはり、ズルはダメと言ったのはサダキヨで間違いない。さて、第10巻の195ページ目に戻り、ケンヂに向かって「ズルはダメだよ」と言っているナショナルキッドのベルトの先が外れている。


 ベルトの先が外れたナショナルキッドは、前から私は気になっていたものです。ここでようやく、それがサダキヨであると考えてよい絵が出て来た。初出は古くて第3巻の「ともだちコンサート」から放り出された直後に、ケンヂが忍者ハットリくんのお面の少年を出し抜けに思い出しているが、ベルトの先が外れている。

 クラス会の夜、フクベエからサダキヨの名を聞かされて、ケンヂは改めて同じような少年を思い出しているが、これもベルト外れ。ついでに、第21巻の表紙絵で、秘密基地の前に立っているナショナルキッドもベルト外れ。最後にもう一つ。「21世紀少年」上巻の150ページにもでてくる。

 それは例の、二人のナショナルキッドが向かい合って立っている場面。ベルトの先が外れているのは、向かって右側のほうである。日差しの向きと影の落ち方、「僕、今度転校するんだ」という発言からしても、やはりベルトが外れているのはサダキヨ少年に違いあるまい。手の込んだ漫画。


(この稿おわり)



胡蝶蘭(2012年2月27日、天草にて撮影)