おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

大脱走 【後編】    (20世紀少年 第210回)

 マルオはケンヂに、あの映画の後編はどうなると思うよ、と尋ねている。ケンヂによると、スティーブ・マックイーンとマンダムの二人は、目の輝きがあり、目の力が違うので、この二人は少なくとも助かるのだという。知っている役者を並べただけだと即座にマルオに見抜かれている。

 ケンヂがもう一つの理由として挙げているのは、「生きると信じている奴だけ生き残るんだ」という、彼お馴染みの精神論だが、半世紀後にこの言葉をカンナトンネルの中で思い出すとは、つくづくオッチョの記憶力は素晴らしい。併せてショーグンは、「映画の結末を言うほど、俺は野暮じゃない」と角田氏の頼みを断っているので、ここでは私もできるだけ自重しよう。

 ちなみに、オッチョは少年時代も野暮ではなく、実は1年ほど前に映画館で、「大脱走」をリバイバルロードショーで観ているのだが、後編についてはヨシツネやマルオに何も語っていない。なお、オッチョの趣味は音楽から離れて映画に移っていたと、第17巻の45ページ目で本人が神様に語っている。


 トンネルから掘り出した土をこっそり捨てる方法を編み出した男は、「ナポレオン・ソロの相棒」と紹介されている。私は「ナポレオン・ソロ」を観ていないので、この番組についてはノー・コメント。もっとも、高校生のころ再放送されて、大評判であったことだけ覚えている。ソロの「相棒」の俳優は、デビッド・マッカラム。仲間を救うために人を殺し、線路脇を走って逃げたのだが...。

 マルオがマッカラムの名を覚えきれずに、「マッカチン」と言っている。これはアメリカザリガニのことで、静岡の子供たちは「マッカチ」となまっていた。真っ赤だからだ。このザリガニはご幼少のころは茶色なので、赤色は一人前の証拠である。こいつに挟まれたときの痛さというのは、並大抵のものではなかった。逃げ足が早く、なにを好き好んでエビ類はそうするのか、後に逃げる。だから、捕まえるときは、後方に網を仕掛けて、前から突っつく。


 とまあ、こんな古い映画の話を、ショーグンは海ほたる刑務所のトンネル内で、角田氏に話して聞かせている。映画なんか一生観られないかもしれないんだと、結末を詳しく知りたがる角田氏に、「映画を観るんだ」とショーグンはにべもない。マンダムのように穴を掘りながら、ケンヂの言葉を思い出している。

 ところで、「大脱走」には、トンネル以外の脱走方法も個々人により試みられていて、成功した者もあれば失敗して殺された者もいた。一人で脱獄する物語といえば、当家のご近所に住んでいた今は亡き吉村昭さんの「破獄」がある。私が最初に読んだ吉村作品であった。主人公のモデルは実在の人物で、手錠を外すのが上手い。オッチョも読んだろうか。


 ケンヂは、「スティーブ・マックイーンが何人、助けるかにかかってる。相当な人数だな」と予想しているのだが、実際にはショーグンの言うとおり、事実はなかなか思うようにいかないのであり、結末は思いっきり違う。ともあれ「大脱走」は後味の悪い映画ではない。

 一つには、個人的な印象ながら、ナチス・ドイツが出てくるとはいえ、彼らが邪悪で、捕虜は善良という一方的な視点で作られているのではなく、あくまで敵同士に過ぎないという位置づけであるからだ(クレームを頂戴すると面倒なので念のため、無論ナチスは邪悪である)。「20世紀少年」も、ケンヂたちは盛んに正義のためと言ってはいるが、決して正邪の対決ばかりではないことを、やがて読者は知ることになる。

 3回続けての大脱線もこれで終わり。無事、年の瀬を迎えました。


(この年おわり)



根津神社の紅葉(2011年12月11日撮影)