おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

首吊り坂の屋敷にて (20世紀少年 第253回)

 さあ、8月29日の深夜、公園に集まった少年たちが首吊り坂の屋敷まで肝試しに向かう場面。バーチャル・アトラクション(VA)では第8巻の181ページ目、現実にあった出来事としては、第16巻の71ページ目に、同じ絵が描かれている。8人の少年が参加した。マルオとケロヨンは、ヨシツネによると「怖くなったみたい」だそうで欠席。

 ヨシツネよりも、この二人は小心なのかなあ。二人の実家は、自営業である。しばしば子供の生活パターンは、親の職業生活のサイクルに組み込まれざるを得ず、マルオとケロヨンは小学生時代から親の手伝いをしていたのだ。深夜、出歩いたら、どれほど怒られることか。それを言ったら、ケンヂの家もそうだけれど...。

 さらにドンキーも「非科学的」という理由で不参加。なお、一年後の「理科室の夜」事件では、カツマタ君の幽霊も非科学的と一蹴しつつ、それでも同行したのは、酸欠で魚が死ぬとかわいそうだと思ったからだろうな、きっと。


 屋敷に入るまでの描写は、第8巻に詳しい。懐中電灯を持ったオッチョ、ヘルメットと背負い刀とカメラで完全武装のコンチ、どうやら手ぶらのモンちゃんとケンヂ、さりげなくフクベエの顔。残る二人の少年が誰なのか、私には分からない。この場面以外に出てきた記憶がない。もっとも、眉毛がほとんど繋がっているというだけの特徴なら、第1巻に登場する山口の二人のお子さんが可愛い。

 第8巻はVAなのでコイズミも出てくる。報告義務があるので、この中に”ともだち”っている? と懸命に訊いているのだが、「一応、みんな友達なんじゃない?」と、コンチに軽くあしらわれている。「ともだち」と「友達」をめぐる行き違いは、これまでも、この先も、物語の至るところで見られる重要なテーマである。


 オッチョ少年によると、神田ハルは、養女と男に逃げられて、屋敷内で首を吊って死んだ。それ以降、屋敷の窓に人影、ひとりでに閉まる木戸。そして、屋敷の中には多数の目撃者によると、女の人が宙に浮いて...。

 女の姿という噂を知りながら、のっぺらぼうのテルテル坊主を作ったのがフクベエの小細工の浅はかさであった。お化けだの妖怪だのは異形のものであってもよいが、神田ハルのような幽霊の怖いところは、実際に生きて死んだ人間とそっくりであり、生きていたときの出来事が残酷であったからこそ怖いのである。人体解剖図のほうがテルテル坊主より怖いのだ。


 案の定、テルテル坊主はモンちゃんやコンチたちに大笑いされて、ほとんどの少年は帰宅してしまう。しかし、ケンヂとオッチョには何か別のものが見えたらしい。テルテル坊主の後ろのほうを何かがスーッと横切ったのを二人は確かに見た。それを調べるべく階段を上ってゆく。

 他方、いったん帰りかけたヨシツネは、二人の行動が気になって屋敷に引き返す。第8巻ではコイズミが先に戻っているのだが、この件は次回に回そう。いずれにせよ、ヨシツネがテルテル坊主の後ろに隠れた二人の子供のものらしき足を見て、また、かれらがひそひそ声で何やら喋っているのに気づいたとき、上で悲鳴が響き渡りケンヂとオッチョが逃げてきた。

 
 この際のケンヂとオッチョの形相や、逃げ足の速さをみると、二人がヨシツネに訴えている「本物の幽霊、見た」というのは、作り話とは思えない。だが、どんなものを見たのか、ついに二人は語らなかった。ケンヂは完全に沈黙を守っている。他方、オッチョは第12巻の86ページ目で漫画家角田氏に、「子供の頃、肝だめしをやった...。それ以来、そういうマネはやらないことにした」と語っている。

 次のページで、ショーグンのいう肝試しが首吊り坂の件であることが分かるのだが、このとき両名は探しもので忙しく、「話すと長くなる」の一言で終わってしまっている。前後の描写からして、オッチョは首吊り坂で何かに懲りてしまい、一年後の理科室の夜、モンちゃんの同行依頼を断った様子である。


 ケンヂとオッチョが見たのがどんな幽霊だったのか、ついに分からず仕舞いだが、その夜に何を見たのかという点では、首吊り坂屋敷のケンヂとオッチョよりも、理科室のドンキーのほうが深刻なことになった。ともあれ、首吊り坂には、まだ続きがある。実際にはヨシツネだけが、そして、VAではコイズミも一緒に、穏やかでない会話を傍聴してしまったのだ。

 その会話は、熱心な読者ならご承知のことと思うが、最後の締めの言葉は同じなのだが、それまでのやり取りは第8巻のVAと、第16巻の事実とでは、やや趣を異にする。それが何を意味するのか判然としないのだが、書いているうちに何か気づくかもしれないので、次回の話題にします。


(この稿おわり)



不況もどこ吹く風の六本木のライトアップ。

(2012年11月13日撮影)