おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

大脱走 【中編】    (20世紀少年 第209回)

 マルオが「かっこいい」と称賛しているように、映画「大脱走」のスティーブ・マックイーンは、実に恰好よかった。彼が演じた米軍パイロットの捕虜も行儀が悪くて、ショーグンや角田氏のように独房に放り込まれる。その部屋の中で壁を相手にキャッチ・ボールをしているシーンが登場場面と終幕に出てくるのも愉快だが、圧巻は何と言ってもモーター・バイクでドイツとスイスの国境線を破ろうとしたシーンであろう。

 彼のバイク姿は、「イージー・ライダー」のピーター・フォンダデニス・ホッパーのような、ふんぞり返った偉そうな態度ではなく、人とバイクが一体となって、しなやかな肉食獣のように風を切り、宙を舞う。浦沢作品でいえば、「パイナップルARMY」のジェフリーのごとし。大好きだった「大脱走のマーチ」を聴くたびに、その雄姿を思い出す。


 続いて、ヨシツネが「マンダム」と呼び、オッチョに「チャールズ・ブロンソン」と訂正されているのは、男性用化粧品マンダムのコマーシャルに、ブロンソンが出ていたからだ。まさに国民的CMであった。この俳優はマッチョのイメージそのもので、「夜の訪問者」などの恐ろしい映画にも出ているが、「大脱走」ではトンネル掘りの役で、度重なる落盤事故のため閉所恐怖症に苦しむ男を好演した。

 スティーブ・マックイーンチャールズ・ブロンソンも、自転車を盗んでスペインに逃げたジェイムズ・コバーンも、みな亡くなってしまった。しかし、リーダー役のビッグXを演じたリチャード・アッテンボローが、「ジュラシック・パーク」に出てきて、しかも元気に悪役を演じていたのには驚いたな。ジェイムズ・ガーナーは先年、クリント・イーストウッドの「スペース・カウボーイ」に出てきた。


 3人の少年が映画の話で盛り上がっているのに、一人離れてケンヂは花壇に立っている。その花壇には、校長先生が花の種を播いて春を待っている。校長は窓の下にいるケンヂに気付いた様子で、ヨシツネたちをビビらせているのだが、ケンヂは平然としており、「おはようございます。校長先生。早く芽が出るといいですねー。」と愛想を振りまいている。

 ケンヂは、このとき映画の真似をして、長ズボンに忍ばせた袋から自宅の庭の土を花壇に捨てていたのである。あの仕掛けを一晩で作るとはな。ケンヂは、うちの庭の雑草が生えるかもしれないと自慢げに語っているが、実際に生えた。


 校長先生は、ケンヂが関口先生担任のクラスの生徒であることを知っていたらしく、どうやら詰問したらしい。しかし、関口先生は、「うちのクラスにそんなことをする生徒はいない」と断言してケンヂをかばっている。当然、そんなことをする生徒が無数にいることを知っての上のことであろう。

 第12巻の181ページ、ヨシツネは関口先生との電話での会話において、「あれをやったのは僕らです」と、これまたケンヂをかばっている(あるいは、その後、共犯になったのか?)。「大脱走のマネをしていました」だけで通じたとは、先生も映画を観たな。

 このヨシツネによる情報提供および謝罪と引き換えに、関口先生は「墓の中まで持って行く」つもりでいた「スプーン曲げをやった」と挙手した男の名を告げた。それは、彼とユキジが思い出したとおり、2000年血の大みそかの夜に、彼らの後ろ姿を撮影した男の名前と同じだった。悪い予感が当たったのだ。


 ともあれ、このケンヂの快挙はあまり高い評価を得ることができず、ヨシツネとマルオにまで、「すげーバカだな」と言われている。オッチョ少年は可愛い眉毛をひそめているのみ。

 思えば、同年代の主要登場人物の中で、ケンヂをバカと呼ばないのは、オッチョだけであろう。ケンヂがバカなことをするとき、彼は行動を共にするか、無視するかのどちらかであった。恐怖が伴うときは、必ずご一緒している。ただし、たいていケンヂを先に行かせているが。


(次回に続く)



秋深し、根津神社。(2011年12月11日)