おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

神様      (20世紀少年 第211回)

 謹賀新年。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 今回の話題はフクベエにしようかと考えたこともあったのだが、元日早々、悪人を取り上げるのは縁起が良くない。やはり正月といえば神様の出番であろう。血の大みそかの夜、神様とホームレスの3人はカンナを連れて地下を逃げ回っていたのだが、その後、行方は杳として知れなかった。

 まさか神は死んだかと思いきや、どっこいやっぱり生きていて、第7巻の24ページ目に、少し皺の増えた神様が再登場する。大富豪と紹介されているのだが、たった2ページで次の場面に移ってしまう。この作品で短いエピソードが挿入されるときは大抵、前後の場面のつなぎ役になっているのだが、ここではどうか。


 直前に、冷たい海水に驚いた角田氏が「神さま」と叫んでいる程度で、筋の展開に直接、関係はなさそうだ。ここで疑問が二つ。なぜここで神様の話題が出たのか。また、なぜ作者は神様を大富豪にしたのか。最初の疑問については、間もなく登場する小泉響子が神様と邂逅することになるので、その予告編というか生存確認のようなものであろうか。

 この点、布石はすでに打たれている。第6巻の205ページ目に、角田氏が”ポストさん”から情報収集を図る場面において、”ポスト”さんは、こう言っている。「今や経済の先行きを次々と予測して、財界じゃ神様って呼ばれているこの人物の話がまた面白いんだ」。角田氏が興味を示さなかったので、残念ながら面白さの詳細は不明だが、これぞ我らの神様に違いない。


 神様が大富豪の道へと歩み始めたのは、2004年のことで、詳しくいずれ語るが、第7巻の108ページから本人が小泉響子に説明している。そして、第17巻の137ページでは、「倒産した。株で大損こいた。」と、同じくコイズミに語っている。株の大損は嘘ではないかもしれないが、これだけでは余り話が面白くない。二つ目の疑問に対する答えは、ユキジが示しているように思う。

 第10巻の21ページに、またもラーメン屋の七龍が出てくる。「食べてみて、ここのラーメン」とカンナがユキジおばちゃんに言っているので、ユキジは初めてこの店に連れて来てもらったのだろう。しかし、ラーメンをいただく前に、23ページ目の中段で、ユキジは「このまま引き下がるわけがないでしょ」と、とても怖い顔で宣戦布告をしている。


 このシーンは、カンナが危うく歌舞伎町の教会で、鼻ホクロの巡査に射殺されかけた直後であり、”ともだち”もまた物騒な相手を怒らせてしまったものだ。では怒ったユキジは、何を始めたか。次に出てくる彼女の行動は、意外なことに神様との会食であった。

 同じく第10巻の50ページ、場所は再び七龍。店に入ってきた神様に店主が「あ、まいど」と声を掛けている。第7巻の94ページ目に七龍のドンブリでラーメンを食べている神様が描かれているとおり、常連なのだな。カンナがユキジを連れてきた話を、店主が神様にしたらしい。


 それでようやくラーメン・デートが成立したのだが、大富豪になったのを知りながら、なぜこれまで連絡をよこさなかったのかと問う神様に対して、ユキジは「あなたが敵か味方か分からなかったからよ」と身も蓋も無い返事をしている。それはそうだ、血の大みそかのあとで成功したのだから、疑って当然であろう。

 そしてユキジは、こう語っている。「わかっているのは、あなたがお金を持ってるってことだけ...」。「これから戦うのかい」と尋ねられてもユキジは無言だが、さすがは神様「わかってるよ、あんたがこのまま、引き下がるような女じゃないってことは」と言っているからカンナより大人なのだ。


 敵か味方か「分からなかったからよ」と過去形で言っておきながら、そのすぐあとでユキジは、今も敵か味方か分からないと言っている。しかし本当に分からないのに、わざわざ会いに来るだろうか。

 推測するしかないが、ケンヂの誕生日に七龍のラーメンがお供えしてあった話をユキジがカンナから聞いていれば、この時点でケンヂが好きなラーメン屋を知っていて、さらにユキジが生存を確認できる者で、かつ、店主からラーメン屋に出入りしていることを聞いたとなれば、ユキジの人生にも偶然がないなら、神様はケンヂを弔っているはずである。


 この場面のあと二人が交わした言葉はわからない。だが、ユキジは戦いを始めたのだ。戦うには金が要る。人を集め、武器も準備しなければならない。ユキジの要請を受けて、神様は、のちにユキジが合流することになる、ヨシツネ隊長率いる無血革命のスポンサーになった。全財産を注いだに違いない。これは私の推測というより、願望に近い。

 なぜなら、私はこの神様が好きだからです。第2巻の初登場の際、すでに神様はホームレスたちから「神様」と呼ばれている。いろいろ知っているし、予知の夢も見るからだが、それだけではあるまい。彼は常に弱いものの味方なのだ。

 放火で家と店を失ったケンヂ、3歳にして血の大みそかを経験したカンナ、大金持ちになっても支援を続けたホームレス、破産してからもガッツボウルの廃墟で匿った逃亡者たち。みな神様に救われている。そして何の見返りも求めていない。彼らにとって神様は、本物の神さまなのだ。


(この稿おわり)



明けましておめでとうございます。
毎年、初詣では我が町、日暮里の鎮守、諏方神社にまいります。 
(2012年元旦撮影)