第11巻第11話の「ヤマネ君」は、羽田の秘密基地で隊員たちのために、おせち料理を作っている心優しいユキジと、タケノコをつまみ食いして叱られているヨシツネ隊長の会話から始まる。隊員たちはみんな血の大みそかの孤児、帰る家もない。第12巻で少年時代のケンヂがマルオに愚痴っているように、昔のおせちは余り美味しくなかったのだが、ここでは大変なご馳走だ。
ヨシツネも「死んだこと」になっているから、連絡が取れない家族は、テロリストの遺族として肩身の狭い思いをしているだろうと隊長は語る。これに対しユキジは返す言葉もない様子だが、彼女とて祖父を亡くしてからは天涯孤独の身の上、ここではコイズミ以外の誰もが本来の家庭を持たない。
さらに厳しいのはカンナの境遇であろう。ユキジによると昨夜カンナから「なるべく早く帰る」というメールがあったという。さらにヨシツネが驚いたことに、カンナはすでに父親の正体を知ってしまっている。なんだかんだと反発し合いながら、ユキジとカンナはちゃんと連絡を取り合っているのだ。
また、カンナはユキジに、自分は大丈夫だから母親の行方は一人で探させてほしいと伝えてきたらしい。ヨシツネは、カンナの強さは君譲りかなと言うのだが、ユキジは自分なら耐えられないと否定している。本心なのか、謙遜なのか。ユキジは、ケンヂのバカさ加減以外なら、何でも耐えられそうだけれど。
二人の深刻な会話をよそに、コイズミはお笑い番組を観ながら大笑いをしている。テレビの画面で漫才をやっているのは、久しぶりに再結成した「ぬかるみ兄弟」で、この両名は1997年の「ともだちコンサート」でケンヂを呆れさせた才能なしの芸人であるとともに、大阪で細菌兵器をばら撒いた実行犯である。
「さてと」とユキジは言った。何度見ても分かんないと逃げようとするコイズミだが、てんで迫力負け。今回、ユキジが新たに用意したのは卒業写真などの拡大コピーであったが、コイズミは拡大のせいでますますボケて分かんないのであった。その写真の絵が、204ページ目に描かれている。
確かにこの写真で何とか識別できるのは、その体型からして3列目のマルオだけである。関口先生すら、はっきりとしない。拡大前の写真は、第2巻に出てきてチョーさんが見ている。こちらの絵は部分的ながら鮮明なので、2列目の向かって左から3人目、濃い色のセーターらしき服を着た少年が、ケンヂであることが分かる。
しかし、コイズミにはこれがケンヂであることも分からない。仕方がないだろうな、これでは。この中に、ヨシツネもオッチョもフクベエもモンちゃんもグッチィもノブオもいるはずなのだが、私にはまったく区別がつかない。ユキジも分からん。彼女のトレード・マークである吊りスカート姿の女子が二人いるが、少女時代から不変であるユキジの髪型とは異なる。
ヨシツネが「まあ確かに、どれも同じ顔に見える」と言いながら眺めているのは、拡大コピーではなくて、オリジナルの卒業写真集であろう。名前も出て来やしないというヨシツネの発言に、ユキジも同意しているのだが、これは「6年3組以外は」と考えたほうがよかろう。
卒業写真には、氏名も記載されているものだ。実際、チョーさんは、それを読み上げている。構成上、クラスごとの集合写真は、顔と名前が一致するようにできている。ただし、その肝心の顔や名前すら、同じクラス以外はほとんど覚えていないものだ。ネットのおかげで、私も小学校と中学校の卒業写真や当時のスナップ写真をを久しぶりにパソコン画面で見物した。卒業時の同級生以外は、誰が誰やら、実に見事に忘れている。
コイズミがドリーム・ランドで教わったテロリストの名前と顔は、ケンヂ、オッチョ、マルオ、ヨシツネの4名だった。秘密基地の壁に立てかけられた仲間の顔写真は、彼ら4人以外にモンちゃんとフクベエの写真もある。コイズミは多分すでに、この二人の名をヨシツネたちから聞いているだろう。
聞いているならば、ヨシツネやユキジと同様、服部少年は”ともだち”ではないという先入観があるはずだから、卒業写真で似た顔を見つけたとしても、名前を読んだ時点で除外してしまうだろうね。
それに、6年3組の写真だけでは不足である。”ともだち”は同じ学校の同じ学年である蓋然性が極めて高いが、秘密基地と「よげんの書」と知る者が、すべてヨシツネやユキジと同じクラスとは限らない。
例えば、ケロヨンとコンチとドンキーが、6年生のときに3組だったという証拠はどこにもないと思う。1997年のクラス会に、ケロヨンは来ていない。まあ、蕎麦屋が忙しかったかもしれないけれど。他のクラスも調べるべきである。ヨシツネは集合写真から離れて、「日光移動教室」の写真集に目を移した。クラス会で関口先生が話題にしていた、日光への修学旅行がこれだろう。
ヨシツネ隊長の記憶力については、ユキジが相撲に強かったなどという大変な誤解があったり、あるいは、ヴァーチャル・アトラクションにおいて、若者に”ともだち”の過去を探らせておきながら、巨大テルテル坊主を発見しても首吊り坂の屋敷を思い出せないなど、必ずしも彼のメモリーの容量と品質は良いとは思えない。昔から物覚えが悪かったというオッチョの証言もある。
日光での山根の顔写真を見て、ヨシツネは「頭が良かった」ということは思い出したが、名前がなかなか出て来ない。「医者になるとか言ってた」と語っているが、おそらくそれはノブオの間違いで、山根は当時から細菌の研究者を志望していたのではなかったか。とはいえ流石は隊長、頑張ってヤマネ君の名前を思い出した。
しかし、そのときユキジはそれどころではなく、衝撃的なニュースに接していた。コイズミが観ていたお笑い番組が終わり、TVは国際版のニュースを報道し始めている。西アフリカのンドンコ共和国で、伝染病と思われる死者が多数、発見され、遺体からは大量の血液が流れ出しており...。戸倉の報告にあったとおり、大福堂製薬の人体実験と予行演習が始まったのだ。
ヨシツネの関心を山根から引き離してテレビに向けさせるにあたり、ユキジは段々と声を大きくしながら4回も彼の名を呼ばなくてはならなかった。報道によれば、アフリカでの疫病発生は「今月28日」の出来事なので、時差を勘定に入れると、この日は12月29日か30日か。オッチョも同じ日に戸倉家を訪ねているのだろう。
風雲、急を告げている。ニュースが終わると、早速ユキジとヨシツネは山根問題に戻っている。そして、ユキジは記憶の中で、ヨシツネはモンちゃんメモの中で、山根を探し出した。実に嫌な感じの見つかり方だった。でも、これでコイズミは、ほっと一息。
(この稿おわり)
富士見坂の鈴蘭灯。一つでは鈴蘭とは言い難いか。
(2012年4月12日撮影)