おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

豹子頭林冲     (20世紀少年 第107回)

 オッチョ得意の棒術の利点は、棒なら比較的簡単に準備できることであろう。例えば第4巻の34ページからのシーンで、オッチョは娼婦メイを救出するために、チャイポン率いるマフィアの巣窟に単身乗り込むのだが、その際に、さすが素手では不利とみたか、女の部屋から布掛け棒を借りて、臨時の武器調達をしている。

 前回触れた水滸伝に出て来る百八人の宿星のうち、棒術というと豹子頭林冲を思い出さないわけにはいかない。林冲は出番が早くて活躍の場面も多く、とにかく強いし悲劇の英雄という印象もあるので、親友の魯智深と並んで、梁山泊きっての人気者の一人であろう。


 横山光輝の「水滸伝」では林冲の得意技として、ほぼ全編にわたり、もっぱら棒術が描かれている。私のイメージはここから来ているのだ。では、原作ではどうなっているのだろうか。

 漢語の原典は読めないので、なるべくそれに忠実な日本語訳がほしい。なんせ、源氏物語と同じように、いろんな小説家が好き放題に改作しているのだ。


 源氏物語なら谷崎潤一郎訳にあたる作品は、駒田信二著の「水滸伝」百二十回本ではないかと思う。かつて、黄色い表紙のこの本を持っていたのだが、残念ながら度重なる引越のどこかで無くしてしまった。このため、それに替えて高島俊男さんの「水滸伝人物事典」(講談社)を使おう。

 この分厚い本は、多分絶版になってしまっており、原価が4,700円で、ネットの古本ショップでは1万円をくだらない。さすがに、このブログのためだけに1万数千円は厳しいのだが、さすがは我が地元、図書館にあった。早速借りてきて、いま手元にある。


 この力作によると、林冲は当時中国を支配していた国家「宋」の八十万禁軍(国の正規軍、兵力八十万人)の武芸師範で、担当は槍と棒である。並はずれた武芸の腕の持ち主で、得意の獲物は一丈八尺の蛇矛。蛇矛(じゃぼう)とは、槍の一種で、ただし先端の勤続部分はまっすぐ尖っておらず、蛇行している。相手の刃物を受けやすくするためか。

 尺は長さの単位で、国により時代により異なるが、仮に25センチとして、一丈八尺は4メートル半もある。林冲の身長は八尺で、2メートルの巨人。しかし、大身に知恵が回りかねるようなタイプではなかろう。豹子頭というあだ名は文字どおり豹のような額の持ち主、精悍にして俊敏な印象である。

 
 実際、林冲は天下無敵の武人であるが、大軍を率いて戦うという将器としてよりも、ひとりのソルジャー、ひとりのファイターとして魅力的である。これは、オッチョにも張飛にも、塙団右衛門にも山中鹿之助にも言える。

 林冲張飛もオッチョも、およそ正義の味方というよりは、自分こそが正義という男である。そして、「士は己を知る者のために死すべし」という覚悟が決まっている男たちである。ただし、林冲張飛は行く先々で血の雨が降り続けるのだが、オッチョは女子供に優しい。武芸の話はこれくらいにして、そういう場面に戻ろう。



(この稿おわり)



天高く馬肥ゆる秋。秋は空が高い。夏は暑さで上昇気流に乗った水蒸気が、低空で薄黒い雲を作る。
秋はこれがなくなるので、上層の白い雲が見えるようになります。 
(2011年9月6日撮影)