ここしばらく、あーだこーだと私見ばかり述べてきたので、今回はしっかりストーリーを追おう。少し前のページに戻り、カンナたちを乗せてマルオが運転する車が、連合軍に包囲された場面、第3話の冒頭である。
国連軍の誰かが、君達は包囲されたのだと車の中にいても分かることをわざわざ述べ、ただちに投降せよと決まり文句を言いつつ、大人しく投降するような相手とも考えてはいないようで、君達の要求を聞くために交渉人が今ここに向かっていると呼びかけている。
交渉人という商売があることはアメリカ映画「交渉人」で知った。サミュエル・L・ジャクソンは既に「評決のとき」や「ジュラシック・パーク」、そして何より「パルプ・フィクション」でド迫力ガンマンの演技を観ていたが、ケヴィン・スペーシーはこれが初めてだったかもしれない。いずれ劣らぬ当代きっての名優であり、サミュエルさんはずっと年上だが、ケヴィンはケンヂと同い年。
そのころ車内では会話がかみ合わず、マルオと蝶野元隊長(マスコミみたいで変な呼び方だが、ただいま無職だし呼び捨てもやはり何だし)は、メイヤー中佐と敵対関係になっている。中佐は人質のくせに実に偉そうで、おまけにお前たちは国連の敵だと明言する始末。さらにカンナを悪魔の娘呼ばわり。
悪魔の儀式は済んだのかと放言する中佐には目もくれず、ヴァーチャル・アトラクションのケンヂ少年に連絡がついたと安堵していたカンナであったが、いきなり「え」と驚いて目を見開いた。今度は別の誰かが、自分の脳に連絡を取って来たのだ。彼女は「誰?」と訝っているから、万丈目の声とはすぐには気付かなかったようだが用件はちゃんと伝わった。
下巻の67ページに出てくる「私の声が聞こえるか、カンナ」という万丈目のセリフは、次のページで「キーン」とハウリングを起こしている拡声器を握りしめて立つユキジの「カンナ、聞こえる?」という呼びかけにうまくつながっている。昔の人質事件は、こういうときに犯人の母親が呼び出されて説得に当たっていたものだ。効果の程は知らない。今なら親も責められて、写真も撮られネットに出回るだろうな。
ユキジも育ての娘がおきゃんで大変だが、次から次へと呼びかけられてカンナも忙しい。ユキジは車のすぐ前に立っているのだが、フロントガラスが光を反射していて車内が良く見えないので一応カンナの所在を確認したかったらしい。念のためだ。この爆弾娘は反陽子爆弾より騒々しいのだ。交渉人ユキジは状況が変わったのと告げた。
彼女は国連軍の要請で来たのだから、カンナが彼らに言い残した「ケンヂおじちゃんに会いに行く」、そして秘密基地にリモコンがあるという謎を解こうとしているという行動目的を聞き知っているはずだ。だが、高須の証言によれば敷島娘がリモコンを持っているというのだ。そちらのほうが急を要するというのが、ここに急行してきたユキジの判断であった。
ところが、下車したカンナは「ユキジおばちゃん」と大声を挙げ(おばちゃんて言わないのとは返ってこなかった)、こっちも状況が変わったと言い出したからユキジも驚いた。上記の映画と同じでどっちが説得役なのか分からなくなってきたのだ。カンナの心に声が聞こえてきたという。ここは俺達に任せて、その場所へ行けとマルオと蝶野元隊長が叫ぶ。
蝶野さんは中佐の顔に拳銃を突き付けている。苦手の安全装置は大丈夫だろうか。ユキジは「その場所って?」と近寄ってきたカンナに尋ねている。「ケンヂおじちゃんの住んでた町」とカンナは言った。そこにはカンナも住んでいたのだが(ついでいうと、ユキジおばちゃんも住んでいたのだが)、付け足して言わないといけない情報があった。「あのテーマパーク」。ニセモノの町だ。
そのころヴァーチャル・アトラクション内では最後の使命を果たした万丈目がフェイド・アウトで消えていく。驚きながら見送るケンヂが淋しそうだ。しかし、「さっきから何独り言、言ってんのさ」とケンヂ少年に言われて驚いた。
他の人には万丈目の最期の姿が見えていなかったのだ。「そうか、オバケだもんな」というのがケンヂの結論である。しかし、この解釈は少しおかしい。オバケだろうと幽霊だろうと、同時に一人に見えて他の人に見えないということがあるのだろうか。百歩譲ってそうだとしても、更に譲ってケンヂだけは仮想人間ではないのだからという特殊事情を踏まえても、まだ説明がつかない。
そもそも先日は河本達には万丈目の姿が見えたからこそ、落ち武者のようだったと報告されているのである。スナック・ロンドンのお姉さんにも間違いなく見えている。声も聞こえている。ケンヂ以外の、事情を知らないその他大勢に見えると面倒なので、万丈目のほうで遠慮したのかもしれない。
ヴァーチャル・アトラクションだから何が起きても仕方がないと考えてこれ以上は黙るしかないね。万ちゃんも最後の最後までお騒がせな男だったが、珍しくも披露して見せた功徳のおかげでスプーンも曲がったし、成仏もした模様である。
ケンヂが独り言を言っている間、念願のギターを支えていたらしいケンヂ少年とモンちゃんはキョトンとしている。しかし神様は地所の地下から出てきたカンカラのほうに関心が向いており、「それより、こりゃ一体なんだ」と内容物の点検に入っている。見ただけでは分からないもの。それは折りたたんだ紙であった。
(この稿おわり
新大阪の駅前にて虹の付け根 (2014年3月5日撮影)
虹をララララ渡り
遠い国へ二人で行くの
とてもきれいな雨上がり
あなたを想って歩くのよ
「虹をわたって」 天地真理
今年も元気なり。当家のナデシコ。本日撮影。
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