おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ボウリング・ブームが来るまでは  (20世紀少年 第334回)

 第11巻第1話の「それぞれの大みそか」、残るは神様とホームレス、春波夫と彼のマネージャーの年の瀬の過ごし方。神様は酔っ払って寝ている。いずれまた第15巻の最後で話題にするが、「帰ってきたヨッパライ」によると、天国では神様が酒を用意して待ってくれているらしい。

 ホームレスの皆さんが、テレビの大画面で春さんの出番を観ながら、「あハロハロ」と楽しそうに踊っている。オッチョたちが紛れ込んだ頃と比べて、ちょっと人数が減っただろうか? それとも、この時間帯は食料品等の書き入れ時で出払っているのだろうか。テレビと酒は、紅白の審査員を断った神様が持ち込んだものだそうだ。この心遣いをするために、紅白を辞退したに違いない。


 こんなところで寝ると風邪ひくぞと声を掛けたホームレスの一人に、泥酔中の神様は「ケンヂ〜、ボウリングブームは来るよな〜」と絡みついて、突き飛ばされている。1997年ごろのホームレスは神様のボウリングの話を、意味も分かっていない感じながら有り難く拝聴していたものだが、”ともだち”が君臨する21世紀、ホームレスの心持ちも世相を反映して荒れてきたか。

 寝床に転がされた神様は、「ボウリングブーム、来るまで死ねねえ」と呟いている。未来のボウリングについて、神様の拠り所は予知ではなくて、ケンヂが来ると言ったから来るという根拠のみで、ボウリングのブームは再来すると信じているご様子。ここでもケンヂの言葉は人の心の支えになっているらしい。

 ブームが来るまで死ねねえという神様の宣言は、この物語の折り返し地点であるこの場面と、「21世紀少年」の一番最後に出てくる。神は死んだとツァラトゥストラは言ったが、あれは西洋の神だから、日本には関係がないのだ。


 その直後のシーンが怖い。どこかで聞いた「ズーン、ズーン」という足音、「助けて、死、叫び声、大量の血」などという切れ切れの通信のような声。暗闇に巨大ロボットの忌まわしい姿が浮かぶ...。冷や汗かいて息も荒く飛び起きるカンナと神様。覚醒したカンナは、ついに神様と同様、予知夢まで見るようになったのだ。

 しかも気の毒なことに、彼女の初夢は世にも恐ろしい内容であった。さすがのカンナも、予知者としてはまだまだ初心者、「何、今の夢」と茫然自失。その点、神様はベテランのプロフェットらしく、「2015年、やな年になるぞ」と具体的な宣託を口にしている。この物語は、子供の遊びで作られた「よげん」の書(旧約と新約があります)に、預言者が振り回されるお話しでもある。


 さて、2014年最終日のシーンは、紅白歌合戦が終わった白組の出演者控室で幕を閉じようとしている。春先生は巨躯のマネージャーに、打ち上げに行くかと訊かれて断り、もう帰ろうと言う。続いて、「バックの映像にサブリミナルで入れておいた警告、誰か気づいてくれたかしら」と背後のマネージャーに尋ねている。

 バックの映像とは、1970年の大阪万博のものだろうが、どんな警告をしたのかは明らかでない。私はサブリミナルの効果がどんなものかよく知らないのだが、かつてカンナがミセス・ドーナツで見たかもしれない忍者ハットリくんの瞬間的な画像のようなものでは、却って無意識のうちにハットリくんが好きになってしまわないか心配。

 
 ともあれ、今回は警告と言っているので、あんな単純なものではないのだろう。それよりも読者には、この歌手が実は単なる”ともだち”のプロパガンダではなさそうだということに、ここで気が付く。マネージャーも「どうでしょう、一人でも多く助けなければ」と言っているから同じく仲間なのだ。

 「2015年、忙しくなりそうだねえ。行きましょう、マルオ」と春波夫さんは言った。おかえり、マルオ。その額の傷は、どうなさった?


(この稿おわり)




ハトの水浴び(2012年4月15日早朝撮影)