おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

小さなスナック 愉快なロンドン (20世紀少年 第818回)

 タイトルを見ただけで、どこかで聞いた覚えがあると感じたお方は、私と同年代かそれ以上でしょう。60年代はロックの時代だとケンヂは言ったが、当時の小学生にとって(彼もそのファンだったように)、60年代の日本はグループ・サウンズの時代であった。「小さなスナック」もそんなころの歌で、ただし短調のフォーク・ソングである。

 愉快なロンドンについては多言を要すまい。知る人ぞ知るだ。あんなもの、よくまあテレビのコマーシャルでやっていたものだな。あのころはみんな寛容で助平であった。ケンヂが生まれ育った町にサンフランシスコとロンドンの名を冠する店があったのは名だたる観光地だからか、あるいは、いずれもロックの聖地だったからという可能性もあるが、ロンドンに関しては「愉快な」ほうかもしれない。


 上巻の129頁は夜の商店街に「おおおお」という叫び声が響き渡るシーンから始まる。座り込んで泣きわめいてるのは万丈目で、先ほどケンヂに言われて初めて知った衝撃の事実に、「俺が死んだってぇぇ」という俗世では滅多に聞けないセリフを吐いている。傍らに立つケンヂは「みっともないからもうなくな」と冷たい。

 先ほどから通行人の注目を浴びているのだ。コイズミの父親のような男も厳しい視線を浴びせている。しょうがねえなとケンヂが振りさけ見れば、「喫茶 サンフランシスコ」と「スナック ロンドン」の看板があった。


 ついでに言うとその向こうに、看板の文字が切れているが、おそらく「PUB パリス」という名の店も見える。看板が高くて少年の目に留まらなかったのか、それともパリスとはパリのことだとは知らなかったのか、ケンヂが「よげんの書」に採用しなかったため、1997年の時点ではパリに幸いした。

 さんふらんしすこの店内は、まず第3集に出てきた。ケンヂは姉キリコと「ゴジラの息子」を見た帰りに寄ったのである。キリコは後年この映画を思い出して涙をこぼしたが、ケンヂの思い出は、大人になったらドーセイして、この喫茶店でコーヒーを飲んだり、スナックに入り浸ったりする夢を描いたにとどまる。


 万丈目も現実の世界では第14集の2015年に、設定上は1971年のヴァーチャル・アトラクションにおいて、若き日の自分が「また逢う日まで」の好きなマスターと無駄話をしているのを背後で盗み聞きしていたから、現実でも仮想でも既に歩いた道でいま泣いているということになる。

 やむなくケンヂは一杯やろうやと万丈目に声をかけ、腰を抜かしている相手を引きずってロンドンの店内に入った。「ゴジラの息子」のロード・ショーは1967年なので、あれから3歳ほど年を取ったはずの店の女が「いらっしゃーい」と出てくる。後ほど「今ママがいない」と言っているので、チーママさんであろうか。付けまつ毛がすごいね。

 
 それほど広い店ではなさそうだが、調度の感じは悪くないと思う。他に客はいないが、カウンターの灰皿に煙草の吸いさしが折れている。棚に並んでいるのは昔のキープで定番だったダルマことサントリーOLDだろう。学生時代、これは高くて手が出なかった。ホワイトかせいぜい合コンで角。今ではキヨスクリザーブを売っている。

 女は何にします?と注文を取ろうとしたが、ケンヂはこういう店は慣れないらしくて「ええと...」と迷っている。女はあくびをしながら仕方なく「水割り? ロック? コークハイ?」と三つ挙げてみた。ケンヂは万丈目の好みも聞かずに、「水割り二つで」とVサイン。少し嬉しそう。彼が酒を飲む場面はドンキーのお通夜以来だろうか。


 コークハイというのは、もうすっかり聞かなくなった。ハイボールの一種。ハイボールとはウィスキーなどの醸造酒を炭酸水で割って飲むものの総称であります。コークハイは日本では通常、ウィスキーのコーラ割りを指し、ウィスキー・コークとも言った。焼酎をホッピーで割るのも、缶チューハイハイボールに含まれる。

 ハイボールの最高傑作はアメリカで教わった「ボイラー・メイカー」というもので、バーボンをビールで割る強烈な酒だ。なぜか非常に口当たりがよくなり、つい飲み過ぎて大変なことになる。若いころは酒が強かったのだが、これだけは週末しか試さなかった。翌日、頭が使いものにならないからだ。まあ、呑まなくても大して変わらないが。


 かち割り氷がカランと音をたてて、水割り二つが運ばれてきた。ケンヂはさっそくソファにもたれて飲み始めた。彼は左手でグラスを持っている。右利きのギタリストは右手を乱暴な使い方をしてはいけない。かつて、寝ている間に右手を体の下に敷いてしまったらしく、ギターの演奏が出来なくて講演を中止したギタリストがいた。

 万丈目は右手でグラスを握っている。しかし飲む前に質問したいことがあった。「俺は、なぜ死んだ」と、天国か地獄にでも行かない限り訊けないことを訊いた。訊いたときはまだ元気がなかった。だがケンヂの答えを聞いて、今度は怒りに震えることになる。せっかく愉快なロンドンに来たのに。




(この稿おわり)





ロンドンの街角






 俺たち 若かったよな
 いつも何か 追いかけてた
 グラスの向こうで 何かが変わった
 知ってるのは ウィスキー・コークだけさ

                  「ウィスキー・コーク」  矢沢永吉







 So, this is Christmas.
 What have you done?
 Another year over,
 And a new one just begun.

      ”Happy Christmas (War is Over)”   John Lennon and Ono Yoko



 (和風勝手意訳)

 年の瀬も押し迫りました
 やろうとしたことは、できましたか
 相変わらずの一年が終わる
 行く年あれば、来る年あり











































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