おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

いじめられないためには     (20世紀少年 第30回)

 第1巻の84ページ目は、「鼻水タオル」の紹介に続いて、ヤン坊マー坊にプロレスの技を掛けられているドンキーの姿をケンヂが回想しているシーン。ケンヂは「練習相手だった」と認識しているが、これでは一方的な暴力行為であろう。ドンキーは泣かずに耐えてはいるが。

 この作品には、当時の庶民の娯楽であったロックや演歌、漫画やアニメ、アイスやラーメンや蕎麦、ボーリングやピンボールといった小道具が次々と登場してきて、時には登場人物たちに個性を与え、愉快な話題を提供し、見知らぬ者同士が人間関係を築くきっかけになったりする。

 プロレスもその一つであるが、ここでは詳しく語らず、いずれまた取り上げよう。双子のレパートリーであるジャイアント馬場の必殺技16文キックも、ザ・デストロイヤーが得意だった四の字固めも、手加減が効くから私たちもよく使ったものだが、バック・ブリーカーは危険である。良い子の皆さんは(悪い子も)真似をしてはいけない。


 この「伝説の巨大ライ魚」騒動には、この作品の全編を貫く大切なテーマが二つ出て来る。一つは、いじめの問題であり、もう一つは「友達の友達の言うことは信じられるか」という問いかけである。今回はそのうち、いじめについて考える。

 もっとも、私は教育や児童心理の専門家ではないし、身の回りに実際のいじめ問題を抱えている訳でもない。あくまで、私の子供のころの経験や個人的な見解に過ぎないことを予めお断りしておきます。それほど気を使わないといけないくらい、いじめの問題はセンシティブになってしまっていると感じている。


 ケンヂの回想は、「あのころ、なんたって自転車がなけりゃ話にならなかった」という述懐で始まる。確かに近所の子と近所で遊ぶのでもない限り、自転車は重要な交通手段であった。ケンヂとマルオとヨシツネは自転車に打ちまたがり、まずは初登場のジジババの店に行ってアイスを食べている。映画で研ナオコが演じた店主も、実に不気味で良かった。こういう店はたくさんあって、子供たちの社交場でもあった。

 そこにドンキーが現れて、「ねー。あのねー。」と声を掛けて来るのだが、3人組は鼻水タオルを投げつけられるのを何故か本当におそれているようで逃げてしまう。ドンキーが何を言おうとしていたのかは分からないが、彼はとにかく仲間に入れてほしかったのだと思う。単純だが、そう思う。

 
 今は知らないが、昔はいじめられるのを避けるためには、強い奴と行動を共にし、庇護してもらうのが最も手っ取り早い方法だったろう。学年が上になっていくと、スポーツや絵画や音楽が上手い奴とか、勉強がよくできるとか、そういう一芸に秀でた者に対して子供は素朴な尊敬を抱くものだが、低学年ではなかなか、そういう才覚の芽生えもないので、その分だけ強弱の関係が一段とモノを言う。

 行動を共にすべき強い奴というのは、典型的にはガキ大将なのだが、クラスの人気者であってもよいし、結束の固い集団であっても構わない。あれほど気が小さくて泣き虫のヨシツネが、いじめられていない様子なのは、彼が意識的にそうしていたかどうかはともかくとして、ケンヂやオッチョといつも一緒にいたからだろう。

 まだDVDで1回見ただけだが、実写版の映画も世相を反映して、いじめの問題をより強調していたのではないかと思う。ヨシツネにその種の役割を担わせていたのも、その一環だろう。漫画でも、この時点では双子対ドンキーという一方的で暴虐な行為とはいえ、それほど陰湿なイジメではないと思うが、もっと陰険ないじめが物語の先にいくつか待っている。


 今日を好機と捉えたか、ドンキーはアベベのごとく裸足になり、快足を飛ばして3人を追い掛け、マルオとケンヂを窮地から救う。「その日から俺たちは自転車に乗るのをやめて、ドンキーと一緒に走り回った」という子供たちの心根の優しさと、行動の爽やかさはどうであろう。

 第3巻の123ページ目でマルオがケンヂに対し「ドンキーもイジメられてたけど、俺たちの仲間に入ってからはやられなくなった」と語っているシーンがある。知恵と努力の助けを借りて、ドンキーもまた救われたのだ。もっとも後にヤン坊マー坊の基地襲来があってドンキーも遭難しているが、あれは所謂いじめではない。双子も大勢を相手にどうして頑張るではないか。

 あの当時は、何回も自転車を買い替えてもらったりはできなかった。この日を境にあまり乗られなくなったであろうケンヂの自転車とは、すなわち5年生の夏休みにドンキーが単騎、大阪万博に向かうべくケンヂに借りた三段変速だろう。箱根の山で壊れてしまったのは残念。彼なら本当に一人で辿りついたかもしれない。


(この稿おわり)



東京も下町ならば探せば見つかるジジババ風の店。 (2011年6月30日撮影)


































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