久しぶりに、漫画の感想文を書く。テーマが重いので、大真面目に書きます。いじめの問題。5年間ほど連載で感想文を書いていたころ、難しくて先送りにすると逃げ続けたままになっている。ずっと気になっていたのだ。
主人公のケンヂは、逃げるのをやめて帰って来た。凱旋曲も、帰ってきたヨッパライであった。そういうわけで、愛読者として当方も付き合う。
最初にきちんとお断りしておかなくてはいけない。私は教育や児童福祉の専門家ではないから、子供のいじめ問題に関する通説や学説は知らない。現状にも、報道の範囲でしか接していない。見当違いのことを書くかもしれないし、まして即効性のある万能薬を示せるはずもない。
一方で、長いこと暮らしてきたから、親もやったし、子もやった。いじめは、学校だけではなく、職場の問題にもなっている。上司もやったし、部下もやった。発注者もやったし、下請けもやっています(現役)。
そんなわけで、もう長いこと、いじめが社会問題になっている日本社会で、もう長いこと生きてきたから、いろいろ書けば、誰か一人だけにでもいいので、お役に立てるかもしれない。
そして、詳しくは書けないが、職場でのいじめは、私の仕事に関わる。子供の世界は、特にその暗い部分は、大人の世界の写し鏡かもしれない。他人事ではない。それに、うっかりすると孫が生まれてくる歳になり、かくの如く前置きが長い。
地球を救え。ドンキーからケンヂへの遺言だった。しかも、名指しで「お前しかいない」という、一方的な特命随意契約。
いじめられっ子のドンキーを、窮地から救ったのはケンヂだった。人命救助の御礼に、仲間入りを歓迎しただけだが。この手法は、後年サダキヨも救う。
かつて、ドンキーは双子レスラーのマクガイア兄弟のような、ヤン坊マー坊による最凶最悪ないじめの標的であった。しかし、基地の仲間に入ってからは、いじめられなくなったと、ヨシツネが述懐している。
物覚えの悪いヨシツネが覚えているとは、彼もかつて同じ経緯で難を逃れたのかもしれない。とかくメダカは群れたがるというが、ライオンもシャチも商店街も群れる。ドンキーは慎ましくて遅れたが、遠慮は要らない。
それにしても、ドンキー先生はどこまで、知っていたのだろう。このたび地球を救うにあたって、担当者は、いじめや万引の問題に関する権威が適任だった。しかも実際、本当に「お前しかいない」相手でありました。
まだ前置きですが、これにて終わり。本タイトルに借用した「ガラスの地球を救え」は、手塚治虫の著作名。その主題は、題名が示すように、地球の環境問題に対する警告だ。しかし、それのみにあらず。
(つづき)
ひさびさに、ギター状の武器
(2017年7月22日撮影)
中二のサダキヨが買いに行った漫画本(推測) @実家
自分自身の内心を支配できぬ者に限って、
とかく隣人の意志を支配したがるものだ。
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