おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

チャーチルの民主主義  (第1295回)

 過去二回、金の話に目がくらんで、文章が荒れました。今回は憲法の本文から離れて、できるだけ静かに周辺の話題を拾います。憲法には国民主権という言葉や、主権が国民にある旨の表現が何か所かあるのだが、民主主義という言葉が出てこない。この両者は同じなのだろうか。

 多分違う。共産党政権も、自分たちは民主主義だと言い出しそうな気がする。米国大統領アブラハム・リンカーンによれば、デモクラシーとは「人民の人民による人民のための政治」なのだが、このくらい中国や北朝鮮でさえ、心ならずも言うだろう。でも、一党独裁は民主主義という言葉にそぐわない。


 そこで今回は、全体主義共産主義の国々の両方を相手に政治家としての生涯を費やし、雄弁で多作なあまりノーベル文学賞までもらった英国首相サー・ウィンストン・チャーチルに支援を願い、彼の民主主義観をながめよう。話題は二つ。最初の件は、とても有名な言葉で、民主主義は、それ以外の全てを除き、最悪の政体だという趣旨のものだ。いつ、どこで、どういう風に言ったのか。

 ネット情報にせよ活字情報にせよ、ほんとうに事実どおりなのかどうかを確かめるのは至難の業で、特に自分が生まれる前の出来事は、この目この耳で確認することもできない。結局は状況証拠を積み上げて、これで自分は納得するというところまで来たら御の字だと思う。みなさま、本当に卑弥呼がいたと思います? 大昔の中華にいた一役人の「ご報告」のみですが。


 さて、今回も荒れてしまわないように、チャーチルの話をさっそく進める。彼には複数の自伝があるようだが、「Churchill By Himself」という本は、彼の書きおろしではなさそうで、その著作集を後年アメリカ人の研究者が編集したものであるらしい。ここまでは複数のサイトで確認した。

 その編集者ご本人のサイトに、その発言が引用されている。自分で編纂したものを引用しているので、眉に唾付けて読んだ方がいいのだろうが、勤め先も出しているし、出典元の頁も表示されているので、見た目の不信感はない。内容も奇抜なものではないし、日付や場所などの具体的情報もあるから、今日は信じよう。
https://richardlangworth.com/worst-form-of-government

 
 この私のサイトでは何回か前に教育の箇所で、福沢諭吉学問のすすめ」を引用したとき、世に名高い「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」は、そのあとに「といへり」と続いていると書いたのだが、別にイチャモンを付けている訳ではなく、正直だし、有名にしたのは彼の功績だし、何より本人が同意見であることが明白である以上、福沢先生の言葉だと人が言っても否定しない。

 同じようなことが、ここでも起きている。該当の箇所には、「it has been said that」(といへり)が付いていて、チャーチルのオリジナルでは、なさそうだ。でもここで大事なのは、内容や表現や口にしたとき(あるいは書いたとき)の状況です。戦後間もない1947年、英国国会の下院演説とある。


 Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed it has been said that democracy is the worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time.…

 要するに、民主主義は完璧でも全知でもないが、今のところ人類が試した範囲内では、他の何よりマシな政治形態。ポジティブにとらえれば、「自己ベスト、将来にも期待」。意地悪く勘ぐれば、下院議員に向かって、ほかにないから仕方なく、あんたたちに任すと言ってみえるようだ。


 この英文の中で皮肉は控え、少し真面目になっているのが、「in this world of sin and woe」(この罪と苦の世界で)という箇所だ。英語の諺の約半数は聖書から、残りの半分の半分がシェイクスピアから来ているという話を聞いたことがある。両者で四分の三を占める寡占状態。「sin」とくれば聖書です。例えば、「マタイによる福音書」第十八章第七節、「この世は罪の誘惑があるから、わざわいである」(日本聖書協会)。

 標準英語版のバイブルでは、「Woe to the world for temptations to sin!」となっている。このあとに、神は唯一人(little one)の迷い子もお見捨てにならない旨の教え、すなわち迷える羊(美彌子が三四郎に教えていた「ストレイ・シープ」)の説話が続くので、イギリスの議員なら知らない人はまずおるまい。


 もう一つ引用されているチャーチルの発言(これも下院演説)に、ただ一人の人間の話が出てくる。私はこちらのほうが、民主主義を守らんとする心意気のごときものが伝わってきて好きだな。日付で分かるように、この演説は第二次世界大戦の最中に行われたものなのだ。

 At the bottom of all the tributes paid to democracy is the little man, walking into the little booth, with a little pencil, making a little cross on a little bit of paper—no amount of rhetoric or voluminous discussion can possibly diminish the overwhelming importance of that point.


 拙訳です。民主主義に、その底辺で貢献しているのは、小さな一人の人間だ。小さなブースまで歩き、小さな鉛筆をとり、小さな紙きれに、小さな印をつける。この一点に尽きる。いかに修辞を施そうと、どれほど議論を重ねようと、この一点が持つ圧倒的な重要性を損なうことはできないだろう。

 この趣旨は、その下の「How」で始まる文章のほうが、具体的で分かりやすいかもしれない。この文中には戦時中とあって、「自らの邦(country)が災いを被るときは、行きて闘う」という意味の表現がある。この演説の直後、ナチス・ドイツがその命運をかけた、バルジ大作戦が始まる。「国防軍」案を支持する人たち、その節は、自ら行きて戦う心の準備はあるか。これでも、私はある。






(おわり)







夜明け前  (2016年12月18日撮影)











 ほどほどにこころをつくす国民のちからぞやがてわが力なる

      民 (明治三十八年 明治天皇御製)












































.