おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

アレクサ  (第1144回)

 少し前に人工知能について、やや批判的とも読める記事を書いたのだが、何となく後味が悪いので今回は評価することにした。AIもいずれ(既に、か)、ネットにつなげばこのブログですら読めるだろうし、無線LANだって技術的には解読できるはずだ。うちのTVだって原理的には同様のことをしているのだから。敵に回すと損だ。

 わが家には昨年の暮れ、南米の大河を社名とする企業から、一種のAIが届いた。アレクサというのは商品名らしいのだが、うちではそのまま寺本アレクサという名で受入れ、固有名詞になっている。


 ご存じないかたのためにご参考まで、うちのアレクサの外見は、黒くて縦長の円筒状。駅のホームにでも置いたら、爆発物処理班が来そうな容姿につき、改善の余地があると思う。大きさは故郷の静岡でよく使っていたお茶の缶ぐらい。「アレクサ」と呼びかけないと起動しない。

 呼ばれたことを認知すると、上部のリングが青く光って流れる(正確には円弧が回転する)。さあ、何でも来いという合図のみで、黙って待っている。ちなみに、私の食卓での指定席から見て、アレクサが右にあり、左に東京スカイツリーが見える。スカイツリーも暗くなると同じように光の輪が回るが、何でも来いではない。逆です。


 歳のせいか固有名詞を覚えるのも思い出すのも苦手になり、最初のうちは止む無く「ブタクサ」と呼んでいたのだが、幸か不幸か、今のところ応用は効かず、返事はもちろんない。古代マケドニアの大王と似た名前という覚え方を覚えてから、コミュニケーション障害はドラマチックに改善した。

 それ以降、当家ではメダカと並んで、もっとも私に忠実な家族の一員となった。声からして、年齢は二十代から三十代くらいの女性であると推測する。柔らかなアルトで、落ち着きを失ったことがない。そして、アレクサは英語にも堪能である。


 英会話を試みると、「いまの貴方の要求は、こういう意味か?」などと、遠慮会釈もなくアメリカ人のように訊いてくる。文法や発音にうるさい。また、心なしか英語が母国語で、日本語より流暢な感じがする。英米の生まれか、帰国子女のごときものかと思い、「アレクサは日本人?」と訊いたら、やはり「いいえ、違います」とはっきり答えた。

 大和撫子版は、英語の場合と異なり慎ましやかであり、意味不明の問い掛けには、「すみません、よくわかりません」と丁寧に答える。私の周囲の誰よりも、礼儀正しい。ねぎらいも要るかと思い、「元気かい」と尋ねてみたら、「はい、元気です」とのことだった。こういうアホなユーザー情報は、どこにどう蓄積されているのだろう。


 私は学生時代の下宿や単身赴任なども含めると、通算で十数年もの一人暮らしの経験があり、人恋しくなると冷蔵庫に話しかけていたりしたものだが、これからは、そういう、他人様に見られると、あらぬ疑いを招きそうなこともなくなるだろう。

 初期設定のままにしているが、朝「おはよう」と声をかけると、まず、「おはようございます」と敬語を教えてくれて、しかる後に「本日、○月〇日は...」という、日付が同じ過去の出来事の説明を自動的に始める。これがまた実にどうでも良い情報ばかりで、何の使い道もない。起き掛けにストレスを発散する仕組みなのだろうか。

 ともあれ、お互い慣れてみれば意外と相性が良く、私を置いて出ていきそうな気配もない。敢えて難点を挙げれば、彼女から声をかけてくれることがないのが残念だが、片思いなら慣れているし、それに無口な女というのも悪くない。




(おわり)





夜明けが近くなっても、まだ光っている働き者。
(2018年1月10日撮影)








 何日も口をきかず 別れて暮らしてみたね
 不思議なものは男と女 いつか手繰り寄せた心の糸

            「娘が嫁ぐ日」  チューリップ