おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

桐  (第1092回)

 二代前までの先祖が木工業だったので、その手の話題は勿論、漫画で筋に関係なくても樹木だの木材だのが出てくると気になる。最近、桐の紋を見る機会が多かったので、今回はそれに引きずられて桐。

 最近よく見かける理由は、近ごろ全国にある瑞穂というきれいな名の自治体に多大なご迷惑をおかけしている学校法人の教育勅語幼稚園の紋が、桐紋だからだ。そのネット・サイトの左上にある。この位置といい、デザインといい、首相官邸のサイトの桐紋とそっくりだ。


 さすがに皇室の菊紋は、下々もそう簡単に借用できず、私の持ち物の中で、これを背負っているのはパスポートだけだろう。「君臨すれども統治せず」のうち、我が国では君臨が菊、統治が桐。近くにある上野寛永寺は、もちろん葵。うちは地味に蔦。

 もっとも、この幼稚園が桐紋を使っているのは、経営者の御家紋でなければ、いまの筑波大学がそうであるように、昔の師範学校が畏れ多くも皇室からお借りして使っていたからで、つまり古き日本の教育の象徴みたいなものでもある。


 うちは父方も母方も下町で、囲碁や音楽や絵画には縁がなく、親戚のおじさん達に教えてもらったのは将棋と花札だ。相手がいないときに利用されるのです。だから桐紋も、花札で覚えた。古代中国の伝統を踏まえて鳳凰が飛んでいる。

 ただし、あの紋章で葉の上に、ツンツン飛び出しているのは若芽だと思っていた。花なのですね。思えば現物を見たことがない。写真でみると、葉っぱがものすごく大きい。


 漫画「20世紀少年」において「桐」の字の初出は、知る限りにおいてコミックスの第一集の後半。マルオが「べんぜつふじん」と呼んでいる或る種の映画ポスターに記載されている薄着のヒロイン役が黒川桐子さん。

 姉キリコの戸籍上の表記は、後に市原弁護士がお役所で確認した書類に「貴理子」という語感のよい漢字が並んでいる。モデルはブラック・ジャックのDr.キリコだというのが、多くの読者の観測のようだがどうか。まあ、職業と「前科」からすると妥当なところか。「ゴールデンスランバー」風に推測すると「KILL公」かの。


 桐といえば箪笥である。おそらく桐箪笥だと思われるものは、第二集でそのキリコが「あたいがお母ちゃんになる」という失言をした際、お父ちゃんの背中越しに見えるタンスが、その形状・大きさからして、たぶん桐だ。実家にも自宅にも、よく似たのがあるのです。

 桐材は軽く、また虫がつかないそうで、このためか和服を入れ置く箪笥として重宝される。いきおい大きくて横に長い引き出しが積み重なり、上の段は和装のための小物を入れるので、ここだけは横開きか観音開きか、二三個の小さな引き出しになっている。

 実家の桐箪笥は、骨董品に仲間入りしつつある年代物で、うちの母が嫁入りのときに持参したというから、私より古い。まだ現役の家具で、私より丈夫。もう一つ、建具屋だった祖父が、自分で作ったという米櫃が残っており、これも多分、桐だと思う。


 桐の良さは、まだある。あの音だ。軽快で澄んだ音は、小僧のころの私ですら高く評価し、よく桐箪笥の引き出しについている取っ手の金具を木材に打ち付けて遊び、母や祖母に叱られた。当時の実家の家具調度の中では、最高級品だったからなあ。カスタネットの音より好きだな。

 この点、自宅の桐箪笥は、似合わない和服が収納されているところまでは同じだが、実家や遠藤家のものと異なり、桐が汚れたり痛んだりしないように、取っ手が当たる部分も金具になっていて風情がない。それを背景に、梅一輪の写真一幅。


 下駄も桐だ。アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の主題歌は、冒頭の擬音語が素敵です。私は浴衣なら持っているのに、今の高層建築は下駄禁止であるところが多い。日本人は生活音に過敏になってしまった。源氏物語の夕顔は、お隣に朝っぱらから壁越しに声をかけられているのに。デート中なのに。

 源氏物語といえば、あの幾多の悲喜劇の元になったのが、イントロに登場する桐壺の女御だった。ともあれ、都会では下駄そのものも滅多に見ない。あの独特の歯の形は、むかしの道路が舗装されていなかったからだ。

 うちの田舎の親の世代は、いまだに靴箱は下駄箱であり、ハンガーは衣紋掛けであり、入浴用のタオルは手ぬぐいだ。こういう呼び名は、たぶん私の年代とともに滅びる。石油が枯渇する日に備えて、せめて今のうちに、書き留めておこう。





(おわり)



近所のコブシが、こうなれば春が来る。
(2017年3月10日撮影)






 下駄を鳴らして 奴が来る
 腰に手ぬぐい ぶら下げて

   「我が良き友よ」 かまやつひろし 合掌



















































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