おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ミジンコの勉強 (20世紀少年 第682回)

 第20集の第11話、「24時間の人類」はキリコの人体実験の結末が中心となっているが、冒頭には彼女の中学生時代と思われる公園の風景が描かれている。そばのブランコで遊んでいるのは近所の幼い兄と妹であろうか。木漏れ日が揺れる公園のベンチに座って、キリコは本を読んでいる。オキシフルの入っているバッグが横に置いてある。学校帰りだろう、制服姿でリボンを蝶結びにし、髪型は数十年後と変わらない。

 キリコの目の前を三人の少年が通り過ぎていく。「クククッ」という嫌な笑い声と流し目に、キリコは珍しく不快そうな表情を浮かべている。三人は右から順に山根、フクベエ、ナショナル・キッドのお面。お面がサダキヨかどうかわからないけれど、こういう笑い方を彼がするだろうか。フクベエとキリコは視線を合わせているようにみえる。


 彼らはキリコに強い関心があるらしい。この年代の少年は、少なくとも私が小学生だったころは周囲の男子も含めて、女の子に関心があってもそれを上手く伝えることができず、結局いじめたり、いたずらしたりして嫌われる運命にある。だが、少なくともクマノミに女の子の名前を付けるような変態行為はしない。三人そろって気を引きたいということは、すでに何か企んでいたのであろうか。

 もう「しんよげんの書」を書いていたころなら、早くも「せいぼ」の役に内定してしまっていたか。なんせ幼いことから近所の川でボウフラの観察などしている娘だから、生物好きは知られていたはずで、「同じ計画」に引きずり込もうというシナリオは、早くもこのころ出来上がっていたのかもしれない。しかも、「あのケンヂ」の姉貴である。


 未来の夫や同僚が去って、キリコは読書に戻ったのだが、また邪魔された。気配を感じて見上げると隣に男の子が立っており、「何、読んでるの?」と訊いてきた。歴史は繰り返すというから、この子は第16集の秘密基地でフクベエの背中に、「君は何を見ているの?」と訊いた少年ではなかろうか。彼は意外と人懐こい面があり、好奇心も旺盛である。

 キリコは黙ったまま読んでいる本の表紙を見せた。ちょっと面倒がっている様子。表紙には「微生物の生態と」何とか。その下に「...学生物研究会編」とある。まさか「がくせいもの」を研究する会ではないだろうから、何とか大学の生物研究会だろう。専門書である。キリコの学習はここまで進んでいたのだ。相手の男の子は「ふーん」とつぶやいてから、「ミジンコの勉強してるんだ」と言った。ナショナル・キッドのお面をかぶっている。後に自己紹介があってサダキヨである。


 ミジンコは微生物なのだろうか。まあ小さいし、どこからどこまで微生物かという厳密な定義もないだろうから構わないか。なぜ気になるかというと私の印象では微生物というのは目に見えないくらい小さいものという感じであり、わが広辞苑にも「肉眼では観察できない微笑な生物の総称。(中略)ウィルスも含む。」と解説している。そして、ミジンコは目に見えるのだ。

 最後にミジンコを見たのは東京都内で、10年ほど前に高尾山の近くにあった田んぼの水を覗いたらミジンコがたくさんいて、あの独特な鋭角の動きで泳いでいるのが見えてうれしくなった。サダキヨはおそらく目に見えないほど小さい生き物といえば、ミジンコくらいしか知らなかったのだろう。そもそもミジンコ(微塵子)という名が昔からあるのであれば、粉微塵のようだが見えるから名がついているのだろう。ちなみに、うちのメダカは乾燥ミジンコのエサが好物です。


 今までで一番うれしかった誕生日のプレゼントは小学校の2年か3年のときに、祖父が買ってくれた顕微鏡である。第1集でキリコの部屋に置いてあったような普通の顕微鏡。私はこれで近くの川や水田から汲んできた水をガラス板に乗せて、顕微鏡で見るのが好きだった。

 なんとまあ、いろんな微生物がゴチャゴチャと暮らしているもので、私のお気に入りはミカヅキモ。その名のとおり緑色の小さな三日月が水中に浮かんでいる。世界はわれらの目に映る景色よりも、はるかに豊かである。キリコの好きな微生物やドンキーの好きな天文は、それを見せてくれるから根強い人気がある。ちなみにミジンコは英語で「水の蚤」と表す。あれでも甲殻類カニやエビの縁者なのだ。


 さて、場面が切り替わって、ともだち歴3年の実験室に戻る。キリコの息が荒くなり、ケロヨンとマルオが心配している。それどころか彼女は鼻血を出してケロヨンたちを慌てさせている。入っちゃだめだと釘を刺して、キリコは「これはワクチンの副作用」だと述べ、そこで止めておけばよいのに、先ほどのマルオと同じく「たぶん」と言い添えた。微笑んでいる。

 それより他に聞いておきたいことはとキリコは話をそらす。「たぶん」だから、質問はお早目に願いますなのだ。ところがケロヨンは緊急事態にふさわしくない(とはいえ、本人にとっては重要か)質問をしている。「俺のソバ、好きだっていってくれたよな」というものだ。キリコは大好きだと言ってくれたし、美味しいとも言ってくれた。アメリカで修業した甲斐がありました。



(この稿おわり)



千歳烏山の駅の近く。ケヤキが新芽を吹いている。 (2013年3月30日撮影)






























.