おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

オキシフル (20世紀少年 第647回)

 第20集の第2話は「いて、あたた」と腰をさすりながら歩く少女ユキジのおかっぱ頭姿で始まる。うしろから「どうしたの、ユキジちゃん」と声をかけたのがキリコだった。二人はご近所のはずだし、共通の知り合いに暴れん坊が多い。キリコはユキジが怪我をしているのに気付いている。

 この日はおそらくケンヂが「白馬に乗った王子様」になった日であると考えられるが、関連する場面が「21世紀少年」にも出てくるので、そのときにゆっくり振り返ろうと思います。どちらもユキジの回想シーンのようだ。ここでは、ユキジがキリコの写真を見て思い出した少女時代の記憶なのだろう。


 キリコはリボンを結んだ制服姿でたぶん中学生。かなり大きな鞄を持ち歩いているのは、細菌やボウフラの本が入っているからかもしれない。さらにここで「ちょうどいいわ」と取り出したのはオキシフルの大きなビンであった。オキシフルはオキシドールの商品名で過酸化水素水であると広辞苑にも出ている。

 私の幼稚園や小学校の時代、ケガをしたときの消毒といえば赤チンであった。赤チンもちゃんと広辞苑に載っている。本当に消毒効果があったのかどうか知らない。外で乱暴な遊びばかりしていたから生傷が絶えず、怪我がある程度ひどいと赤チンのお世話になるのだが、少なくとも私にはあまり効かず、しばしば化膿して面倒なことになった。しかし病院に行った試しがない。そういう発想が親にも子にも無かった。


 しかも赤チンはなかなか乾かず、あの赤いのが服やら何やらに付いてしまう。やがて毒が入っているということで、わが家の薬箱から消えた。散々、塗っておいてそれはないだろう。かつての薬害はひどかった。先日セミナーの席上、私と同年代の男性でまず間違いなくサイドマイドの被害者らしきお方と同席した。少し前の世代はヒ素ミルク事件に遭っている。

 そういえば実家には富山の薬箱があって、本当に年に一度くらい、薬屋さんが補充に来ていたな。でもオキシフルは実家にはなかった。高かったからか。近所や親せきに何度か塗ってもらったことがあるが、あの泡がいかにも消毒しているぜという感じで好きでした。

 あの泡は酸素である。私たちは酸素がないと生きていけないのだが、どうやら実は空中の酸素濃度が程々によろしいからであって(というより、それに適応するよう進化せざるを得なかったのだろう)、本来は生命体にとって酸素は毒物であるらしい。だから消毒になる。


 はるか昔のご先祖が酸素との折り合いをつけてくれたので今こうして生きているわけだが、いまも嫌気性といって酸素を嫌う生物もいるらしい。数年前にテレビ番組で観たのだが、伊豆半島周辺やガラパゴス諸島近辺の深海にすむシロウリガイという白い瓜のような形の貝は、人間にとって致死の猛毒である硫化水素をかっ喰らって生きているそうだ。悪食もここに極まれり。

 これくらい大丈夫と言い張るユキジに、消毒しなきゃダメとキリコはガーゼにオキシフルを染み込ませて傷口に当てている。ユキジが「う」と言っているが、あれはちょっと沁みるのだ。キリコは「また」ヤン坊とマー坊と喧嘩?と訊いているから、日常茶飯のことらしい。ユキジは「まあね」と答えているから図星のようだ。


 キリコは女の子相手にひどいわねと感想を述べているのだが、ユキジによるとこっちだって右目と左目に青タン作ってやったらしい。どっちがヤン坊かマー坊か分からないが。キリコが苦笑している。さすがの広辞苑にも青タンは載っていないが、打撲で内出血してできる紫色の痣のことで、ロッキーが「エイドリアーン」と叫んでいたときは顔が青タンだらけであった。

 おそらくヤン坊マー坊はユキジの柔道技を回避するため、まずは裸になって袖を取らせないようにして相撲に誘い、おそらくはケンヂの殴り込みを機に打撃戦に作戦変更したらしい。その結果、ユキジとケンヂは文字どおりボコボコにされたのであろう。殴り合い蹴り合いは体重差がものをいうのだ。史上最強のストリート・ファイティング・ガール、無念の一敗であった。




(この項おわり)




真冬の大洗海岸でサーファーを楽しむ人々。 (2013年2月28日撮影)




大洗の漁業は放射線風評被害で苦しんでいると我が家の新聞が報道している。
上と同じ海岸で撮影した写真。日本原子力研究開発機構の紅白煙突が立っている。































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