おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

時代は変わるはず  (第1061回)

 前回の続き。西暦2000年に外国の駐在から還って来て、いろんな仕事仲間と食事したりお茶を飲んだりしていた或る日、隣に知的な顔立ちの娘さんが座った。かなり学術的なプロジェクトの事務局をしていなさっており、多少こちらも緊張したようで、「趣味は何ですか」とお見合いのようなことを訊いてしまった。
 
 彼女はからっと笑って「映画です」というので、調子に乗り「最近どんな映画を観た?」と話を進めていくのであった。「ハリケーン」という返事が来て驚いたのは、その少し前に同じ映画を観て、ちょうどその時、同じ物語の文庫本を読んでいたのだ。そう伝えると、「デンゼル・ワシントンが好きなので」と彼女は話を打ち切った。懸命な措置であろう。


 しばらく前に、デンゼル・ワシントンの映画を悪く書いたので後味が良くない。ボブ・ディランは彼と多少の縁があり、まず私が持っている”Greatest Hits II”という、ボブ・ディラン2枚目のベスト・アルバム(私のはカセットなので、テープが伸びきって聴けやしない)に収録されている”The Mighty Quinn”という曲を使った「刑事クイン」にデンゼルが主演している。

 ディランは早速この映画を観て、「デンゼルならガスリーを演じることができる」と評価した。もっとも、私の知る限り、それは実現しておらず、かわりにデンゼル・ワシントンは、ハリケーン・カーターを演じた。これはいい映画だった。

 
 冤罪で奪われた20年の歳月を経て、カーターは釈放された。写真に彼と一緒に写っている顔ぶれが、懐かしく、嬉しい。ボブ・ディランがいる。デンゼル・ワシントンがいる。マイク・タイソンがいる。そして、モハメド・アリもいる。

 アリも徴兵を拒否し、そしてチャンピオン・ベルトを剥奪された。私が田舎のテレビで、キンシャサの彼を見たのは、そのあとのことだ。アリが徴兵を拒んだ理由は、この上なく正しい。「ベトコンは、俺に悪いことはしない」。ディランが「ハリケーン」を歌ったのは、キング牧師が殺されてから、まだ8年しか経っていない。激しい雨は、降り続いているのだ。


 ボブ・ディランは、ザ・バンドの映画にも出て来たように、旧い友人を大切にするし、義理堅い人物である。「We Are The World」に付き合ったのは、彼の最初のレコーディングとなったハモニカの伴奏に使ってくれた、ハリー・べラフォンテが企画したからに違いない。

 1990年だったと思うが、アメリカのケーブル・テレビ”VH1”を無造作に何時間か録画したテープが自宅に残っていて、その最後のほうに「トラヴェリング・ウィルベリーズ」の「ハンドル・ウィズ・ケア」が偶然、入っている。ディランはロイ・オービソンの声を昔から高く買っており、「彼の声なら死体を驚かすこともできる」という凄い表現を使っている。

 この二人がジョージ・ハリスンらとともに共演しているのだが、このあとすぐ病死するオービソンの声は、その比類なき輝きを失っていない。ちなみに、ジュリア・ロバーツが「プリティ・ウーマン」で闊歩したホテルの廊下を歩いたことがある。


 渋谷のボブ・ディランは成長のあとを示し、今度こそアンコールに応えた。私は帽子を着用しないので種類が分からないのだが、あのてっぺんが平らな筒のようなハットである。日本では屋内で理由なく帽子をかぶってはいけないはずだが、ともかく、頭に載せたままで確かピアノの弾き語りで「風に吹かれて」を歌った。

 我が家の古い英和辞典にも、今のネットの辞書にも、”in the wind”はれっきとした英熟語として載っており、「何かがこっそり行われようとしている」、「ひっそり起ころうとしている」というような不気味きわまる意味であるという。歌詞に散りばめられた言葉は、鳩、自由、砲弾、死。


 ほかに候補もいるだろうに、ボブ・ディランノーベル文学賞に選ばれてしまい、おそらく洒落た言葉が見つかるまで、黙っているに違いない。どうせなら、マザー・テレサみたいに受賞の条件を付し、「一曲演らせるなら出る」と脅して、「戦争の親玉」を満天下に唄ってしまってはどうか。

 それより、こうして書いてきて思うに、文学賞より平和賞のほうが似合うと思う。アカデミーも事務局も気が利かねえな。さあ、ついてはボブ・ディラン氏におかれては、ここで一丁、言ってくれないかな。「両方、よこせ」と。ノーベル史上初の単独同時受賞である。

 ダイナマイトより、世のため人のためになっているのだから遠慮は要らない。日本のテレビ局に「ボブ・ディランさん」なんて呼ばれて黙っている場合か。若い人たちは、これからあなたを知るんだ。





(おわり)





夜明け前  (2016年10月9日撮影)






 The chance won't come again.
 And don't speak too soon.

 If your time to you is worth saving,
 then you better start swimming
 or you'll sink like a stone,
 for the times they are a' changing.

   ”The Times They Are A-Changin”  Bob Dylan






 












































.