おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

孤高の猟師  (第1056回)

 ひさしぶりに、映画の感想文に戻る。最終章(第三作)「僕らの旗」に、遠藤健児が遠藤賢司に出会う短い場面がある。前者は主人公ケンヂの本名であり、後者は本物のハード・フォーク・シンガーで不滅の男、冬の雪山でケンヂの命の恩人となる。

 かつて、アイヌのようだと書いた記憶がある。改めて見ると、服装に関してはアイヌ独特の文様ではなく、おそらく熊か鹿の皮でできているような防寒服を来ている。マタギかなとも思ったが、その本場、秋田のサイトにも当家の辞書にも、マタギは集団行動で大型の野獣を狩る猟師とある。エンケンさんは単独行で飯盒炊爨をしているから、地元の猟師か樵なのかもしれない。


 寒いこともあり会話は少なく、焚火を挟んで賢司さんが「美味いか?」と訊いたところ、スープかコーヒーか何か暖かいものを頂戴しているケンヂが頷く。重ねて「あんた、名前は?」と質問したところ、「遠藤ケンヂ」という返答が帰って来る。

 なぜか質問者は、満足気に黙って大きく頷くだけである。名前が気に入ったのだろうか。それとも、自分の名前を忘れてはいない様子に、一安心したのかもしれない。真面目な話、深刻なストレスで記憶喪失を含む解離性障害を発症すると、命に関わる。


 このシーンの場所であるが、その前にケンヂは「北へ逃げた」とナレーションで語っている。アイヌは東北にもいるし、マタギは北海道にもいる。たぶん、ケンヂが小舟に乗って逃げていること、また、たどり着いた海岸線に「松前」何とかと見える木の看板が立っているので、北海道だろう。

 松前は北海道にあった江戸時代の藩の名でもあり、今も北海道の南西端に近い海に面している町。津軽海峡冬景色。すぐ西は、哀しみ本線日本海。冬の北海道で、三日三晩、雪の中を転げまわって、しかもショックで泣いていたのに無事ご存命とは、さすがスーパー・ヒーロー。このあと、拾ったバイクでコンチのスタジオに向かう。


 真冬で熊も冬眠中だから幸運であった。吉村昭に「熊嵐」という現実にあった恐ろしい熊被害の出来事を題材にした小説があり、マタギが出てくる。それより、私が気に入っているのは、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」。この二つのストーリーに出てくる熊は、鉄砲の一撃では倒れないほどの怪物であった。

 宮沢賢治の物語は、短編小説とは言われず、たいてい童話に分類されている。児童向けの文体で書かれていることが多いからだろうが、もう一つ、人間と動物がごく普通に会話を交わすという要素も大きい。自然の中で、両者の間に垣根はない。


 別種の動物同士の会話なら、手塚治虫シートンも、ディズニーもドリトル先生も採用している。でも、人と獣が人間の言葉で話すとなると別格だし、しかもそれが他に人のいない山奥などで、大切なことを伝え合うのだ。「なめとこ山の熊」の場合、主要登場人物は熊狩りの名人、小十郎であり、つまり熊とは敵同士のはずなのだが、宮沢賢治の世界では「迷惑そう」だが交流がある。

 最後は「回々教徒」のような、おごそかな祈りを続ける熊の頭上はるかに、猟師オリオンの三ツ星が天上を駆け、西の空に向かう。人間界では苦労の絶えない小十郎も、さいごの場所を得て、送る者の心に残るのだ。次回は、それと似たようなドキュメンタリーを最近読んだので、その感想文にします。




(おわり)




雲  (2016年8月25日撮影)











 あら、くまさん、ありがとう  − 「森のくまさん」






















































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