おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

泣いて泣いて一人泣いて (20世紀少年 第642回)

 先日、DVDを借りて「復活の日」を観ました。小松左京の小説は読んだのだが、映画のほうは初めてだ。ウィルスの猛威の描写に限れば、こちらの方が「20世紀少年」よりもリアリティがある。それに何たって脚本・監督が深作欣二だから、モブ・シーンの切れ味が違う。また、オリビア・ハッセーが寅さんシリーズ初期のころの倍賞千恵子のように美しい。

 「It's not to late...」で始まる主題歌は、角川が散々テレビのCMで流したので今でも耳に残っているが、クレジットを見るとジャニス・イアンが歌っていたのであった。ジャニス・イアンといえば「17歳の頃」だ。私のギター練習曲の一つだった。ビートルズの「I saw her standing there」に出てくる「そこに立っていた彼女」も17歳だ。


 お互い知り合ったときのカンナとコイズミも、高校2年生だから17歳になる年である。「娘十八、番茶も出花」も数え年だろうから、今でいえば17歳の頃である。茨木まり子の表現を借りれば、血液が血管の中をサラサラと音を立てて流れているのが聞こえてくるような若さだ。

 アメリカに赴任したとき、きっとこの国にはハリウッド女優のような美女があふれかえっているに違いないと大いに期待していたのであるが、大変な思い違いであった。やっぱり美人だから女優になれるのだ。それでも近所のハイスクールの娘さんたちは花も恥じらう美しさ。ただし連中はジーンズ姿で、バイクをぶっ飛ばして通学してくる。


 さて。これから始まるケンヂの思い出話は、後に出てくるコンチとの邂逅と並んで、血の大みそかの夜から作品中の現在に至るまでの彼の過去を物語る貴重な場面である。21世紀になった瞬間、新宿で大爆発が起き、彼は「火の海の中、命からがら逃げのびた...」と語っている。

 第19集193ページ目に西新宿の高層ビルが同時に幾つも爆発している絵が描かれている。羽田空港や国会議事堂と同様の爆破テロ、しかも同時多発である。ケンヂは逃げのびたのだから、少なくとも足腰に大ケガはしなかったはずで、やはり彼が持ち込んだダイナマイトは爆発しなかったに違いない。


 しかしケンヂは「俺は記憶をなしくた。自分が遠藤ケンヂだってことを忘れた」と淡々と語る。解離性障害については過去にも触れた。手許にある大阪商工会議所発行の「メンタルヘルス・マネジメント」等によると、強烈なストレスで記憶を失うことを解離性健忘、その場からいなくなってしまうことを解離性遁走と呼ぶ。ケンヂの状態・行動と同様である。

 いきなり記憶や自覚が戻ったとき、原因となった出来事を思い出し、さらに深い精神的な衝撃を受けてしまうことがあるという。自死の危険もある非常に危険な精神状態なのだ。実際、ケンヂはその時を迎えたとき、三日三晩、山ん中を転げまわり、泣いて泣いて泣きあかしたと語っている。


 河島英吾によると、忘れてしまいたいことやどうしようもない悲しさに包まれたときに女がそうすることになっているのだが、男だって泣くことはあるのだ。さて、記憶喪失者のケンヂは、日本中をさまよったという。ともだち暦以降はオッチョも本州中をさまよっていたのだが会わなかったらしい。

 そしてケンヂはかつて将平君にも語ったように一度だけ東京に戻った話をしている。「東京にいると怖い思い出が戻って来そうで、また逃げた。」と語っているから、ダミアンは幸い東京に着いたばかりでまだ元気なころの悪魔に「いいこと」を教えてもらったのだな。さすがのケンヂもマス大山のように強くはなかったのであった。

 
 彼はなるべく遠くへ逃げ続けた。「怖くて怖くて怖くて、逃げ続けた」のだ。後に出てくるが最後は北海道にまで渡ったので、オッチョとは会えなかったのだろう。また、地理的に遠くへ行ったばかりではなく、「自分が遠藤ケンヂだってことから遠くへ」も逃げたのだという。自分が誰なのか忘れたのにもかかわらず、その自分が恐ろしいとは何という残酷な体験であろうか。

 しかし、彼もその悪夢から目覚めざるを得ないときがきた。それはそれで、むごい心理状況に追い込まれ、三日三晩も山中を転がって泣いたのだ。そのきっかけは2015年の万博の年、またしてもウィルスがばらまかれたというニュースに接したときであった。サナエが地下鉄の廃線で号外や雑誌の広告を見つけたように、当時はまだ情報統制はそれほど厳しくなかったらしい。それが眠れる正義の味方を覚醒させたのであった。
 


(この稿おわり)




クリスマス・ローズと益子焼 (2013年2月21日撮影)




 一輪挿しの こぼれたバラのように
 夢の醒め際の仕打ちは むごく...

       甲斐バンド 「氷の口唇」























































































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