おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

前文のはじまり  (第1041回)

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する

 これが現行憲法の前文における最初の一文だ。前回書いたように、主語の「日本国民」が、最後の「この憲法を確定する」という読み方は正しいだろう思う。その中間が、難しい。何か良いことを言っていそうだが、散在する動詞に対応する目的語が、どこからどこまでなのか私には分からん。ここはやはり、お堅い英文法の力を借りよう。


 We, the Japanese people, acting through our duly elected representatives in the National Diet, determined that we shall secure for ourselves and our posterity the fruits of peaceful cooperation with all nations and the blessings of liberty throughout this land, and resolved that never again shall we be visited with the horrors of war through the action of government, do proclaim that sovereign power resides with the people and do firmly establish this Constitution.


 どっちも、どっちだ。しかし、英語は相応のルールにそって分解しながら読める。例えば、もし終わりの方に「because」が出て来たら、その続きは理由の説明だろうなという見当がつく。この英文の読みづらさは、長い句をカンマで繋げながら並べているのが一因である。とはいえ、同列のものは最後のカンマの次に「and」が来るため、最終走者が分かる。

 かくして、「日本国民」のあとには、三つの形容詞句が後ろに並んでいるのが分かる(以下、間違いがありましたら、是非ご指摘ください)。すなわち、英文ではそれぞれの最初の言葉を太字にしたが、「acting」「determined」「and resolved」始まる各節だ。

 (1)「正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」する日本国民、かつ(2)「われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」することを決意した日本国民、かつ(3)「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」した日本国民が、以下の行いを為す。


 こちらは、強調を表すための「do」が二つの動詞の前に置かれて、「and」でつながっているし、短かめなのでまだしも分かりやすい。日本国民は、(1)「ここに主権が国民に存することを宣言」し、かつ(2)「この憲法を確定する」国民主権立憲主義の明示。

 ここまで前文にこだわっている理由は、次回の自民党改正草案と比較するためだ。これ以降は注意すべき用語を拾おう。いくつか出てくる英単語の「government」は、定冠詞の「the」がないし、イニシャルが大文字でもない。第二文で「国政」とあるように、特定の政府ではなくて、国の統治、国政という一般名詞だろう。


 前段では「主権」の部分で「power」が使われれているのだが、その次の文に出てくる「the authority」という言葉が光る。この続きからして、もう一度、主権在民を別の表現で確認しているに違いない。日本語も「権威」になっている。主権の「権」は、権利や権力の権のみではなくて、権威の権でもあるのだ。日本国民は、この大事な権威が失墜しないよう、不断の努力をしなければならない。

 そうしないと、この権威に基づき、権威者により代表として選ばれた者が発揮する「権力」が腐敗するだろう。そして、後半は最後の一行を除き、国際社会の一員であることが強調される。少し前に最後の一国になってまで戦争を続けたため、有無を言わさずという感じで書かされた印象は確かにある。


 なお、これは私の感覚であるが、憲法の冒頭部分に何度か出てくる「国」という言葉は、語感として国連や万国旗やオリンピックの選手団の紹介に使われるような「くに」という、他の言葉で置き換えにくいが言われなくても分かるものとして使われていることが多く(「いのち」や「くらし」と同様)、英語では「nation」になっている。

 他方で、「国事」「国務」「国の交戦権」という、いかにも統治に関連する言葉は、原則「state」を使っている。いずれまた話題にする第一条の改正案に出てくる「元首」は、英語で「head of state」という。現行憲法でも、実は英文だと「state」の象徴なのだが、訳文は周知のように、「日本国の象徴」になっている。

 英単語を意識的に使い分けているとしたら、現行でも既に統治機構たる国家の象徴が、第一条の天皇らしい。この件は、いま頭が整理できないので、いずれまた。多分これに続く「日本国民統合の象徴」とは意味合いが違う。


 最後に触れておきたいのは、現行憲法の前文には5つの段落があり、そのうち4つまでが「日本国民は、」で始まる。そして残る一つ、第四段落も「われらは、」で始まっており、「われら」はどうみても、他の段落の至るところで、日本国民の代名詞として使われている。

 現行の憲法前文は、すべて日本国民が主体となって書かれており、つまり平たく言うと、俺たちばっかり喋っている。ところが、自民党による最新の改正草案は、ちょっと様子が違うのだ。以下次号。






(おわり)
 








春の山中にて  (2016年6月4日撮影)
































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