おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

正岡子規と明治憲法  (第1156回)

 本日は憲法記念日です。おかげで休める。この連休はやることがあるので働いているのだが、今朝の東京は嵐だったので、休む。ひとは今日、いまの憲法について語るのだろうが、つむじ曲がりなので、明治憲法を話題に選びます。

 正岡子規は、いまの拙宅のそばに住んでいて、そこで死んだ。時代が違おうとご近所さんに変わりはなく、だから愛着がある。子規は俳人歌人、文学者と称されることが多く、もちろんその通りだが、職業欄に書くとしたら新聞記者だった。


 これは田端にある彼自身が草案を書いた墓碑に、そう書いてあるのだから間違いない。若干の収入は雑誌「ホトトギス」との関わりなどからも得ていた記録があるが、本職は新聞「日本」の記者であり、社会人になってから死ぬまでそうだった。生涯、労働者です。なお、彼は慶応三年の生まれだから、明治の年号と子規の年齢はほぼ一致する。何かと便利だ。

 私は子規の俳句や短歌より、随筆を読むのが好きだ。新聞記者だから、文章が端的だし、視野が広い。確かに文芸の話題が多いが、一方で、国会に取材したり、日清戦争の従軍記者を務めたりと当時の時事に関する記事も少なくない。


 明治三十四年、その若き死の前年に、新聞「日本」に連載した「墨汁一滴」(岩波文庫)も愛読書の一つ。西暦では1901年だから、20世紀最初の年だ。前年に義和団の乱があり、翌年に日英同盟が締結され、その二年後に日露戦争が始まった。

 この本には、疼痛、阿鼻叫喚、脳病といった言葉が溢れているが、病床の苦しみは淡々と描かれていて、うんざりするような読書にはならない。冒頭の章は1月16日付で、寒川鼠骨が「二十世紀の年玉」と言って持ってきてくれた地球儀と橙を並べて、「病床いささか新年をことほぐ」と書き出している。地球儀には、台湾の下に「新日本」と書いてある。日清戦争で領有したばかり。


 この「墨汁一滴」の二月十一日の項に、憲法が出てくる。大日本帝国憲法は、神武天皇即位の日を選んで公布された(施行日は11月29日)。子規がこれを書いている時点の、12年前となる明治二十二年にできた日本史上初の近代憲法だった。

 当該の「墨汁一滴」の記事は最後に引用する。彼はこの憲法公布のとき学生で、この年の5月に初めて喀血したと「墨汁一滴」に書いている。赤い口で血を吐くがごとく鳴くというホトトギスにちなんで、子規と号した。ホトトギスは渡り鳥で夏に来る。古代、親しまれたのは古典文学に頻出することからも分かる。ホトトギスには「時鳥」ほか漢字表記が多種あるのだが、「子規」を選んだのは本名が常規だったからだろうと思う。


 ちょうど憲法の公布と施行の間に、本人の知らぬうちに体内では病気が進んでいたことになる。したがって、2月11日は元気であり、「朝起きて見れば一面の銀世界」と華やかに始まる。早速、外出して憲法の誕生祝の騒ぎに参加した。その途上で、たまたま買い求めたのが、陸羯南の発行による新聞「日本」の第一号だった。後に就職することになるこの新聞社は、憲法とともに生まれた。

 すでに「墨汁一滴」を書いているころの子規は、歩くこともできない重病であり、自らを「足なへ」と呼んでいる。新聞「日本」はますます健全で、しかし自分は歩けない。最後に、こう書いた。「その時生まれ出でたる憲法は果たしてよく歩行し得るや否や」。政府の行為による戦争の惨禍により、歩行を止めた。さて、これからどうする。



(「青空文庫」より転載)  
https://www.aozora.gr.jp/cards/000305/card1897.html


朝起きて見れば一面の銀世界、雪はふりやみたれど空はなほ曇れり。余もおくれじと高等中学の運動場に至れば早く已に集まりし人々、各級各組そこここに打ち群れて思ひ思ひの旗、フラフを翻し、祝憲法発布、帝国万歳など書きたる中に、紅白の吹き流しを北風になびかせたるは殊にきはだちていさましくぞ見えたる。二重橋の外に鳳輦を拝みて万歳を三呼したる後余は復学校の行列に加はらず、芝の某の館の園遊会に参らんとて行く途にて得たるは『日本』第一号なり。その附録にしたる憲法の表紙に三種の神器を画きたるは、今より見ればこそ幼稚ともいへ、その時はいと面白しと思へり。それより余は館に行きて仮店太神楽などの催しに興の尽くる時もなく夜深けて泥の氷りたる上を踏みつつ帰りしは十二年前の二月十一日の事なりき。十二年の歳月は甚だ短きにもあらず『日本』はいよいよ健全にして我は空しく足なへとぞなりける。その時生れ出でたる憲法は果して能く歩行し得るや否や。 (二月十一日)



(おわり)




卯の花の匂う垣根に  (2018年4月30日撮影)









九つの人九つの場をしめてベースボールの始まらんとす 正岡子規













.




























.