おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

愛蘭土  (第976回)

 いつごろからか多くの診療所では、患者さんの不安や苦痛を和らげようとしてのことなのか、待合室や診療室に音楽を流すようになった。たいていは私が聴くようなジャンルのものではないが、その目的で効果があるのならば文句はない。しかし先日はさすがに驚いた。クリニック内に、ボサノバ風のアレンジをした洋楽(古いねー)がかかっている。歌い手は女性で多分ネイティブ。

 最初のうちは、無難にビリー・ジョエルビートルズのラブ・バラードであった。ところが、ちょっとした治療の山場ともいうべきタイミングで、ブームタウン・ラッツ「哀愁のマンデイ」が流れた。この曲自体は嫌いではない。だが、間違ってもムード・ミュージックに編曲して、BGMに流すような作品ではない。ましてや、このご時世に。私の治療中に。

 
 この曲は私の学生時代にヒットした。夏休みだったかに帰省したところ、誰が買ったか実家にこのシングルがあって、今も残っているはずだ。ラジオか雑誌で曲の由来を知っていた私は、知らないうちに実家に何かがあったのではなかろうかと嫌な予感がしたが、三十余年を経過して今のところ大丈夫だ。なんせ実家には銃が無い。

 先ほど、「このご時世」と書いたのは、毎日のように銃の乱射事件や移民・難民の急増という難題、増える一方の自爆テロと物騒な報道ばかり聞かされる。死んでいくのは無名の民ばかりという愚行が世界中で繰り広げられている。

 ちなみに、漫画では銃乱射の被害を、氷の女王カンナの仲間が受けた。国内難民は東京を追い出されたオッチョたち。テロリストは各種取り揃えて出てくる。自称「正義の味方」の主人公は、アメリカの同時多発テロの数年後にできた映画において、更に何度も「テロリスト」と強調されている。ダイナマイトご持参だからな。


 今回も先日チャリティの悪口を言ったばかりで気まずいが、この曲を歌ったブームタウン・ラッツボブ・ゲルドフは、私がトップガンを観に行ったサンディエゴで起きた乱射事件のニュースを知って同曲を作っている。警察に捕まった犯人は歌詞にも出てくるように、スイート・シックスティーンの女子高生。凶行の動機を訊かれて、「月曜日が嫌いだから」と言った。

 それにしても、曲の邦題にある「哀愁」は、いくら何でも的外れだろう。もしかしたら命名者は、衛星放送もネットも無い時代で事情を知らなかったのか、それとも、まともに訳したら売れないのではと心配したのだろうか。確かに月曜日は、カーペンターズも私も同意見で、憂うつな曜日なのだが。

 このブームタウン・ラッツと、ライブ・エイドにも出ていたU2には共通点があり、いずれもアイルランド出身のロック・バンドである。明治の人たちは同国名に、愛蘭土という当て字をつけた。無理に「ル」を入れなかったおかげで、島国らしい名前になったし、緑を愛する人たちが暮らす土地という連想もできる。見事なものだ。


 アイルランドの主な民族は、遠い昔、欧州中に散らばって暮らしていたというケルトである。彼らは殆ど文字を持っていなかったそうで、古代からの文献は皆無といってよいらしいが、その子孫はまだまだ健在である。もっとも、当家にあるヤン・ブレキリアン著「ケルト神話の世界」によると、ケルト民族は後輩の侵入で酷い目に遭った。

 最初に来たのはローマのカエサルで、彼の「ガリア戦記」は、簡単にいうと当時の地名ガリア(フランスあたり)に住んでいたケルトの討伐記録である。ローマの立場からすれば、文字どおり征夷大将軍だったのだ。次にゲルマン民族が来て、中でもアングロ・サクソンという先住民族を蹴散らすのが上手な連中に狙われたのが運の尽き。


 それでも同書によればケルトは、「この破壊と消滅から逃れたのはただ、世界の果てに位置していた極西の地域、アイルランドスコットランドマン島ウェールズコーンウォール、そしてフランスのブルターニュ半島だけであった」とのことである。作者はブルターニュのお方。ブリテン島からの移民の御子孫か。

 なお、世界のもう一方の果て、極東の島国でも似たようなことがあったようで、弥生人に駆逐された縄文人が、アイヌ琉球の人たちのご先祖であるらしい。吉野ヶ里遺跡に行ったとき、弥生人縄文人の身体的特徴の比較図を見た。私は典型的な縄文人であるらしく、道理で沖縄やアイヌが好きなわけだ。


 ともあれ、これでようやくサッカーのワールド・カップにおいて、なぜイギリスの代表が一つではなく、イングリッシュを話すイングランドに加えて、スコットランドウェールズ北アイルランドが出場しているのかが分かる。

 かつては、一つの国から4チームなんてずるいと思っていたのだが、形を変えた戦場なのだろう。アイルランド共和国も、イングランドから苛酷な収奪を受け、今もなお島の一部はイギリス領なのだ。


 今ではテロリストというとアルカイダやらISやら、ムスリムを名乗るニセモノ教徒が話題になるばかりだが、先述のサンディエゴの銃乱射の犯人は私の2歳年下のアメリカ人だし、子供のころテロリストといえば、IRA(当時の報道用語で、アイルランド解放戦線)や、パレスチナ解放何とか(複雑すぎて、よう分からん)、そして地元日本の連合赤軍などの極左だった。

 過激派は漫画に出てくる「あさま山荘事件」で衰えたかと思いきや、今度は企業の連続爆破という無差別テロに走った。私がいま縁あって通っている丸の内のビルで起きた爆破事件は悲惨の極みで、当時の報道は遠慮というものがなく、十代の私は直後の現場写真を見て戦慄した。不幸中の幸いは、どうやら古すぎてネットには出ていないようである。


 IRAも最近はめっきり話題にならなくなったが、血の日曜日事件(ロシアの同名事件とは無関係)も、すでに十代になっていたから覚えている。後年、ボノが喉も張り裂けんばかりに歌った”Sunday Bloody Sunday”(ドラムが良い)で取り挙げられた大英帝国による虐殺事件。ポール・マッカートニージョン・レノンも、遠い故郷への想いをこめて歌った。

 真偽の程は定かでないが、昔読んだ本によるとIRAの急進派が衰えたのは、そのリーダーたちがイングランドの監獄に次々と放り込まれ、ハンガー・ストライキの末、片端から餓死したためだというから、本当なら壮絶である。人殺しを褒める訳にはいかないけれど、若者だけ自爆させている現代のテロリズムのリーダー連中は、何という卑劣漢であろうか。


 アイルランド人は辛い暮らしに耐えかねたのか、多くが海外に移り住み、アメリカではアイリッシュ系の人口が本国より多いという。彼らの典型的な名前の一つがフィッツジェラルドで、ギャツビーのフィッツジェラルドも、大統領のジョン・フィッツジェラルドケネディアイルランド系。「ミリオンダラー・ベイビー」でヒラリー・スワンクが演じたボクサーの姓もフィッツジェラルドだった。

 主演・監督のクリント・イーストウッドも、アイリッシュの血が混じっており、映画ではアイルランドの詩人イェイツの愛読者であった。変わり者が多いのか、華麗なるギャツビーも、ガリバーでおなじみのスウィフトも、口が減らないバーナード・ショーも、人間が嫌いな様子である。


 なお、映画の原作である短編小説「ミリオンダラー・ベイビー」の著者、 F・X・トゥールも勿論アイリッシュで、小説の文中、女ボクサーのガウンの背に「シャム(アイルランドの国花)」をあしらったと書いてある。我々が無造作にクローバーと呼んでいるものを、アイルランドではそう呼ぶらしい。

 国の葉っぱなんて素敵だな。日本には菊と桜という花の両横綱がいるが、葉っぱはどうか。紅葉ならカエデが代表格だろうが、あれは残念ながら、一枚だけでは絵にならないと私は思う。イチョウは東京都が先取りしてしまったよ。ちなみに、彼女のガウンにはケルトの言葉で「マクシュラ」とも書いてあり、丹下段平にあたるボスによれば、「血の仲間」という意味だそうだ。本当の友達。


 映画「ダイ・ハード」を話題にした途端に、アラン・リックマンが亡くなった。彼もアイリッシュであり、初期のIRAのリーダーたちの活動をセミ・ドキュメンタリーにした映画「マイケル・コリンズ」にも出ている。主演マイケル役は、シンドラーも演じたリーアム・二―ソン。このコンビは深刻な映画で疲れたのか、後年、コメディ映画の「ラブ・アクチュアリー」でも共演して、肩の力を抜いている。

 リックマンはダイ・ハードで、西ドイツのテロリストの組長を演じている。かつて私の職場に、英語が上手いのがご自慢の嫌な上司がいて、その男が一緒にこの映画を観ながらアラン・リックマンの英語を評し、「酷いドイツ訛り」だと威張ったところ、イングランド系のアメリカ人から「否。見事なクイーンズ・イングリッシュだ。」と反撃されて黙った。デヴィッド・ボウイと同じ69歳で亡くなった。二人とも声が良かったな。

 
 魔法使いといえば、日本語ではなぜか女性だけ魔女(英語では、witch)という呼称があり、古くはサリーちゃんとか、少し前だと宅配業のキキとか、なぜか可愛らしい。男は英語だと「wizard」で、古代ペルシャ語だと漫画に出て来た「シモン・マグスの書」のマグスが同じような意味を持つ。

 私には魔法使いと超能力者の区別がつかない。IT用語の「ウィザード」は、魔法使いのくせに何もせず、こちらに「あーしろ、こーしろ」と指図するばかりで、サダキヨが怒る気持ちも分かる。


 さらに魔法使いといえば、ガンダルフとスネイプ先生である。いずれも、クレジットの順番だけでいうと脇役なのだが、指輪物語ハリー・ポッターも、大人が読めば彼らが主役だと言い切って良いだろう。アラン・リックマンはいつも顔色が悪くて、失礼ながら悪者にはちょうどよいお顔だったのだが(メイクかな?)、胃腸か肝臓でも悪かったのだろうか。心よりお悔やみ申し上げます。

 しかし当面、アイルランドに行く金も時間もない。近所にまだ行ったことがないアイリッシュ・パブがあるので、痛風を押してウィスキーかエールなど飲みに行きますか。できることなら、アイリッシュの美しいお方にご同行いただけると有難いな。グレース・ケリーとか、エンヤとか、マライヤ・キャリーとか、スカーレット・オハラとか...。みんな手ごわそうだが。





(この稿おわり)







紅葉葉浮かぶ上賀茂神社の水辺。
(2015年12月28日撮影)






 Tell me Why?
 I don't like Mondays.
 I wanna shoot the whole day down.

    ”I Don't Like Mondays”  The Boomtown Rats







 How long must we sing this song?

    ”Sunday Bloody Sunday”  U2














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(この稿おわり)