今でも元気を出したいときはロックを聴いているが、ときどきガキだったころに活躍していたフォークの詩人たちの言葉を聴きたくなる。スリー・フィンガーズ・ピッキングも聞きたくなる。今日のタイトルは吉田拓郎の曲から拝借しました。
「お料理を習うのも まんざら捨てたもんじゃないよ」
そちらから 電話を切ったから
君はもっとほかのことも 言おうとしてたんだろう...
「20世紀少年」の登場人物たちの姓名や綽名は、漫画や歴史や外見や天気予報に由来しているものが多いのだが、どうしたことか私には副主人公格の瀬戸口と落合の出どころが分からない。
オッチョはもしかしたら、まず先にオッチョという呼び方が決まって、あとは本人が語っていたようにジミ・ヘンドリクスがジミヘンならば、落合長治がオッチョになるべくしてなったのかもしれない。
瀬戸という地名は全国にあるし、知人や著名人にも多い。広辞苑によると、「瀬戸」とは幅のせまい海峡を意味する。少し驚いたが辞書には「瀬戸口」も載っていて、語義には「瀬戸の入口」と当たり前のことが書いてある。平安時代の用例まである。
自分の知り合いに瀬戸口さんはいない。もっとも、歴史上の人物で一人、瀬戸口さんが愛読書「坂の上の雲」に出てくる。手元の文春文庫では第6巻の「鎮江湾」に登場する海軍軍楽隊の作曲家、瀬戸口藤吉さんという薩摩出身の人だ。
あの「軍艦行進曲」の作者です。「ぐんかん・まーち」と読む。歌詞は「守るも攻むるも鋼鉄(くろがね)の...」で始まる。替え歌、作って歌ったねー。
司馬遼太郎は元新聞記者とあって取材の名手だ。あの時期に「坂の上の雲」が書かれた意味は大きい。日露戦争当時の関係者やその遺族が存命していたころだったからだ。戦艦三笠が最終決戦に向けて朝鮮半島の錦江湾で軍事演習を行う前に佐世保に立ち寄った際、コルネット奏者として乗り込んでいた軍楽隊員の河合太郎氏の談話が掲載されている。
佐世保には行ったことがないが、河合氏によると「大変幅の狭い港」だそうだ。まさに瀬戸であろう。三笠が出航したとき両岸の村々から船を見つけた子供たちが、手に手に日の丸を持って振りながら、入江の向こうで見送ってくれたらしい。
司馬さんによると、「軍艦行進曲というポピュラーな曲が三笠艦上で演奏されたのは、日本海海戦を通じてこのときだけであった」そうだ。この一文はNHKのドラマ「坂の上の雲」でも渡辺謙のナレーションで入っている。
しかし、それに続く一文はたぶん勇壮ではないからだろう、ドラマでは割愛された。司馬作品では「おそらく、両岸の村々で小旗を振っている小学生に応えるためにこの演奏が行われたのであろう」と続く。この推測が正しいとしても、このとき「だけ」しか演奏されなかった根拠にはならないと思うけれど、いかにもこの作者らしくて私のお気に入りの描写である。
物語に戻る。「もしも、もしもと言ってたらキリがないわ」という瀬戸口ユキジの談話に応えて、ケンヂは「だから今度はちゃんとプロポーズするよ」と、こんな大事な用件なのにギターを爪弾きながら、ソッポを向いたままで求婚した(らしい)。
さすがのユキジも不意を突かれて絶句し、夕映えに頬を赤らめている。このお二方、いつの間に焼けぼっくいに火がついたのかよく分からない。1997年の第1集の終わりごろ、ケンヂは明らかにユキジの名を聞いても思い出せないでいる。
ユキジもユキジでその後、再会した後もずっとケンカ腰だ。お母ちゃんとカンナを山形に見送った直後の会話あたりで、ようやく意地を張り合いながらも何か言いたいことがありそうになってくる。
ケンヂが「今度はちゃんと」という表現を用いたのは、後で出てくるのだが中学生のときに「一応、告白」したらしいのだけれど、その方法が拙劣を極め、全く意図が伝わらなかったのを受けてのことである。緊張して待つケンヂ。だが、これでも「ちゃんと」なんだろうか。
案の上、ユキジは中学時代と同じ反応で、「バカじゃないの」と切って捨てたように言った。しかも見事にバカにした顔つきである。「やっぱりな」とケンヂは苦笑いだ。「ほんとにバカよ」と夕焼け空を振り仰ぎながらユキジが言う。声が温かかったのだろう、ケンヂは微笑んでいる。
これで一応の用は済んだらしい。幼馴染というのは便利なものだな。ユキジは「で、誰なの」と無粋な話題に即刻、切り替えている。「”ともだち”って誰だかわかったの?」と念を押すように再び訊いた。ケンヂは前を向いたまま「ああ」と断言した。この話を済ませるまでは、折角のプロポーズ大作戦もちゃんと取り合ってはもらえないだろう。
ところで、ユキジはこの後どうするつもりなのだろうか。”ともだち”政権を倒した貢献度からすれば、ヨシツネ隊長も顔負けの大活躍であった。張子房のごとし。だが、ノコノコ政治家になるようなタマでもなかろうし、専業主婦に収まるとも思えん。
再び厳道館を開いて柔道を教えるか。しかし、みんな強くなったからという理由で閉じたのだし、青犬ももういない。いっそのこと、ケンヂのバンドの追っかけでもするか。
なんせ気宇壮大、復活していきなり新曲引っさげての世界ツアーだ。少なくともサンフランシスコとロンドンと大阪では、チャリティー・コンサートを開いてほしい。そしてツアーの最後では、武道館を満員にするのだ。
(この稿おわり)
戦艦三笠 (2011年10月8日撮影)
入り江の向こうで 見送る人たちに
別れ告げたら 涙が出たわ
瀬戸は夕焼け 明日も晴れる
二人の門出 祝っているわ
「瀬戸の花嫁」 小柳ルミ子
夕焼け (2013年12月12日、福島にて撮影)
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