おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ともだちの家 (20世紀少年 第863回)

 敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花 

 たまには格調高く始めました。新渡戸稲造の「武士道」にも引用された本居宣長の一首である。敷島は万葉集では磯城島、古事記では崇神天皇垂仁天皇の都として師木という仮名で出てくる。由緒ある日本国の地名であり、今も奈良県磯城郡という美称が残る。


 宣長の歌に出てくる「敷島」と「朝日」は、明治以降、日本海軍の軍艦名にもなった。日露戦争での敷島は旅順沖で近くを巡行中の「初瀬」と「八島」が機雷に触れて沈没したが、敷島は運よく無事生還。日露戦争では第一戦隊の二番手で、すなわち東郷長官の旗艦三笠のすぐ後ろの位置だった。よくぞご無事でお戻りに。

 ちなみに列の四番目が「朝日」で、日清戦争のときは水雷長として広瀬武夫が乗っていた。バルチック艦隊相手の日本海海戦では英国観戦武官のペケナム大佐が朝日に同乗したが、目の前でトーゴ―が常識破りの敵前回頭をしたのを見て天を仰いだ。手記にその時の感想をこう書いたらしい。「じつによくない」。敷島は二次大戦にも生き残り、今も海上保安庁のパトロール船「しきしま」にその名を残している。


 下巻の第4章「スイッチ」。漫画の敷島父娘の名字は船名が由来ではなく、鉄人28号から拝借したものということで間違いあるまい。その娘はすでに高須の医療刑務所に忍び込んだ姿が描かれていたが、またも人相悪く登場する。団地の一室でシャワーを浴びており、左の胸元に本人識別用のホクロが二つ並んでいる。

 ヘア・ドライアーのあとはお食事。この部屋は彼女一人で住むには随分と広いようである。四人掛けのテーブル、大小二つの冷蔵庫。テレビらしき画面に”ともだち”の上半身が映っている。


 これから彼女はトンカツ定食をいただくのだ。ソースの準備がしてある。ご飯もキャベツの千切りも山盛りでトンカツも大きい。もともと大食漢なのか、それとも腹が減っては戦ができないからか。行儀よく手を合わせて「いただきます」をしたはいいが、その後のガツガツした食べ方に品がない。食欲もあるが急いでもいるらしい。

 食後にシャツ姿から盛装に着替え、ちゃんと紅を引いてお化粧もしている。お出かけだ。ずらりと化粧品が並んで鏡も立っているところをみると、住み慣れた部屋ではあるらしい。だが一方で、彼女が読むとは思えない専門書や設計図が大量に山積みされている。例えば「ロボット工学 新世紀理論」。敷島義彦著とある。21世紀に入る前後に彼女の父親が著したらしい。美しき二足歩行のための本か。


 画面の”ともだち”は生前DVDにでも撮ってあったのか、「知りたいのなら心をホップ・ステップ・ジャンプ」等々、かつて田村マサオが遠藤ケンヂに説教した内容と同様のことを繰り返している。おなじみの「私は死にました」10回連呼もやっている。そんなことだから後ほどケンヂが、またも正義は死なない宣言をしてしまうことになるのだ。

 大きくマル秘と書かれた本もあり、「反陽子は未来を変える」「起爆スイッチマニュアル」などの表紙が見える。これも果たして娘の本だろうか。それに書棚に並んでいる漫画はどうだ。「イデオンの伝説」「魔人ガロン」に挟まって、後にオッチョが俺は持っていなかったと言うことになる「W3」と「スーパージェッタ―」各2巻もある。


 いずれも彼女の年代を考えると古い。これは彼女だけの部屋ではなく、本来は”ともだち”の家ではなかろうか。何より有力な証拠は、第21集で「今日がその日だ」と言ったときに”ともだち”が持っていた「しんよげんの書」が、専門書と共に机の上に置かれていることだ。もっとも、あの日はもっと豪華な一室で起居していたけれど。

 でも、あのあとで”ともだち府”は陥落し、彼はどこかに潜伏したはずである。ノート型パソコンのディスプレーでは、「間もなく世界は終りの時を迎えようとしています」と”ともだち”が予言している。世界より自分が先に終わったが、その点については無口であった。


 女は大き目のハンドバッグから、四角い箱のようなものを取り出した。例のレバーとスイッチと小さなモニター。後に分かるが自動操縦のセットもできる。世界は終わるが「皆さんは必ず救われます。私はあなたの”ともだち”だから」と死者は語る。彼女にはもう救い主がいない。本当に世界は終わり、トンカツ定食は最後の午餐となるのか。

 画像の”ともだち”は左ひとさし指で宙を指して得意げである。”ともだち”と声を掛けた敷島娘もそれをマネてから、リモコンで重そうなバッグを脇に抱えてノブを回し、ヒールを履いて「行ってきます」と挨拶をして部屋を出る。


 121ページ目において、この団地と部屋をイメージしたカンナは、オッチョとユキジにA号棟の205号室である旨、伝えている。オッチョが蔵本の関係で自分の部屋ではないと判断した後、「205...」と考え込んでいるのはどうしたことか。

 読者の知る限りマルオやユキジと違って、オッチョはケンヂに対し、すり替わったほうの”ともだち”が誰だったかを尋ねていない。関心がない筈がないのに。部屋は違うが同じ団地の同じ棟である。そこに同じ小学校の同学年の子が住んでいれば、クラスが違おうと毎日のように登下校時や、学校の廊下や運動場で会っている。


 フクベエの家はともだち博物館として忠実に復元されていたように木造の一戸建てであり、後に倉庫になったから団地ではない。それに彼は神経質にも漫画の単行本に本屋のカバーをつけたままでいたのだから、この本棚のスパージェッター等はフクベエのものではない。だが多分ともだちの家で間違いない。機械類に強いほうの。

 オッチョは超人的な記憶力の持ち主でもある。彼は205号室に住んでいた同期の顔や名前を思い出したことだろう。もしもフクベエと双子で顔がそっくりだったとしたら、あの雨の夜、あんなに驚かなかったはずだ。オッチョはカツマタ君の本当の顔を知っている。




(この稿おわり)








拙宅の郵便受けに来たお誘い





神戸市長田区のサイトより拝借





 自動操縦、スタンバイ
 ジェッター、ジェッター、スーパージェッター
 我らのスーパージェッター






































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