例によって無駄話かつ昔話から始まります。しばらく前にフィギュア・スケートのジャンプは跳ぶだけでも大変なのだと力説したのだが、そういうのは当事者にとって気休めにもならないらしい。
ソチ・オリンピックの前の国際大会において初めて羽生が目標だったプルシェンコを破って優勝したとき、歩きながらの取材の様子を先日、TVのニュースで見た。羽生選手は記者に「まだサルコウ、降りていませんから」と端的に述べて去った。
われらシロウトはジャンプの成功を「跳んだ」などというが、選手は「降りた」ら成功なのであった。そのとき上手くいかなかった4回転サルコウ、彼はオリンピックでも降りなかった。それで優勝直後にああいう咄嗟の感想が出たのだろう。
きっと無邪気に喜んでいる場合ではないのだな。次が始まっているのだ。「幸運の女神は準備を怠らぬ者にのみ訪れる」。そう言ったパスツールさんは女神に会ったのだろうか。神様が「レーンに舞い降りた女神」のコイズミと邂逅したように。
さて、引き続きカンカラ騒動の顛末であるが、こういうタイトルを書いていると、いつぞや近所の大国が起こした鉄道事故を思い出す。さっさと事故車両を埋めてしまうとは埋葬のおつもりなのか、とにかく彼の国の権力者は遺族感情とか再発防止とかいったことには全く関心がないらしい。
現実の世界でカンカラを埋めた場面は早くも第1集に出てきた。原っぱは立ち入り禁止となり、ケンヂは秘密基地仲間解散ノ辞を述べようとするのだが実に下手。傍らのモンちゃんに振ろうとするが、言いだしっぺっだろと相手にしてもらえない。
しかも、一番大事な「少年時代の俺達が、いかに正しかったかということを、未来に伝える、何というか」というクライマックスで言葉が出てこなくなり、ヨシツネに「予言?」と助け舟を出してもらっている。「よげんの書」を書き上げてから大して年数も経っていないだろうに。ともあれこの漫画に「予言」という言葉が初めて出てきたシーンであった。
本物のカンカラは1997年にみんなで掘り起こしたのだが手分けして苦労したとあって、今回もケンヂはモンちゃんとケンヂ少年を下働きとして連行している。このへんに埋めただろうと訊くのだが、ケンヂは「えー、もう堀るの」、モンちゃんは「俺達の秘密だぜ」と違う観点から反抗している。
このたびのヴァーチャル・アトラクションにおけるモンちゃんとケンヂのコンビはなかなか冴えていて良い。過去のシーンにおいてモンちゃんとケンヂの少年時代はあまり接点がない。この解散式と首吊り坂ぐらいだろうか。秘密基地内に一緒にいる場面はなかった。
それにヤン坊マー坊がマルオを投げ飛ばし基地を壊して大乱闘になった日も、なぜか戦士は8名でモンちゃんはいない。6年生の理科室の夜はケンヂが欠席した。同級会はモンちゃんが欠席した。久々の再会時、モンちゃんはケンヂに「相変わらず、バカやってるようだな」と挨拶している。あいつを笑うなと友民党本部でモンちゃんが吠えた血の大みそかの夜は、二人にとって永遠の別れとなった。
でも二人ともここでは元気だ。言うことを聞かない子供たちに、ケンヂは再びデコピンを食らわずぞと脅かしたところ、威力は抜群であった。ギター状の武器よりも使える。あわててケンヂ少年とモンちゃんが敷地内の或る箇所を指さす。一体どこから持ってきたのか、土木工事用のスコップでケンヂは地面を掘り始めた。
好奇心を抱いたのだろうか、後から付いてきたらしい神様は、ここでもフーテンが家宅侵入罪に加えて、何という罪状なのか知らないが勝手に自分の土地を掘っているのを見て怒っているがケンヂは無視。少年たちの指示は正しくてカンカラが出てきた。これが何なのか、神様のみぞ知らない。
缶の中には本物と同様、一番上にケロヨンが入れた空気で動くカエルのおもちゃと、実物そっくりのビニール製のヘビ。蛇に睨まれた蛙という比喩をケロヨンは関知しなかったらしい。その下に板切れと折りたたんだ紙が見える。この二つがクセモノであった。
カマボコ板のようなものがあって、「リモコン」と分かりやすく作品名が書かれている。その上左の釘づけされた木っ端はスイッチで、右側のプラスのネジは運転操作用のレバーだろう。一応、最低限の体裁は整えたらしい。遊ぶときは、しっかり遊ぼう。
「せっかく埋めたのに」とケンヂ少年。「また埋め直しだな」とモンちゃん。神様は「埋めんな」と怒っている。どうやら今日のガッツボウルは客に恵まれないらしい。神様には目もくれず、少年たちはケンヂが取り出したリモコンには心当たりがないため、そんなの知らないぞ、誰が入れたんだと不審気である。ケンヂはカマボコ板リモコンの裏側を見てみた。
はたして裏面に伝言があった。「ほんものはテーマパークのひみつきちのなか」。テーマパークという呼称が日本に広まったのは多分バブル経済のころだと思う。「テーマパークって何だ?」とケンヂ少年。1970年にはそういう現物はあっても(例えば大阪万博だって、進歩と調和の立派なテ−マパークである)、英語の概念など誰も知らなかったはずだ。
今後はケンヂも思い出すのが早かった。「あそこだ」とはすなわち、昭和の俺達の町を復元した町である。つい先日、彼はそこに”ともだち”から呼び出されたから良く知っているのだ。丸尾文具店やジジババの店先も通り過ぎている。振出に戻るとは、このことであろう。”ともだち”はこれを目的として、生まれ育った町を復元したのだろうか...。
大人ケンヂは少年ケンヂに対し、この最新情報をカンナに伝えろと命じた。少年は一年ほど前に「きれいなお姉ちゃん」と夢で逢っている。この漫画にはよく夢が出てくるな。「寝ろ。今すぐ寝ろ」とケンヂは暴君ネロのように怒鳴る。真昼なのでケンヂ少年は「ムチャ言うなよ」と言下に断った。そこに意外な代打が登場する。
(この稿おわり)
唯一現存する都電の荒川線、東のターミナル「三ノ輪橋」駅。
ちょっと見ずらいが駅の左側の壁に、昭和は復元しなくても残っている。
(2014年2月5日撮影)
俺がいつか死んだなら
なきがらを小さな舟に乗せて
生まれたこの街の港から沖に流してくれ
裏道歩いた俺の たったひとつの夢さ
暗い土の中に埋めないでくれ
「遺言」 柳ジョージとレイニーウッド
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