おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Flowers for Algernon  (20世紀少年 第835回)

 1990年代の中ごろ、東京での長時間にわたる通勤・帰宅の電車に辟易していた私は、往復の時間を利用してSFやハードボイルドを読んでいた。漫画やある種のグラビア付きの雑誌の方が気楽なのだが、いつどこでお客さんや同僚に見つかるか知れない。中間管理職ともなると何かと面倒なのだ。

 ちょうどそのころ、早川書房SFマガジンの読者相手に、オール・タイム・ベスト10というアンケート調査を行い、結果が発表された。トップ3はハインラインの「夏への扉」、クラークの「幼年期の終わり」、アシモフの「ファウンデーション」シリーズと横綱級の揃い踏み。

 そのほか、「ソラリスの陽のもとに」「虎よ、虎よ!」「火星年代記」「デューン」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と並びに並んだ。「デューン」以外は全作、今も持っています。ときどき読んでいます。まさに宝物だ。


 ところが4位に入っていた作品は、著者もタイトルも知らないという由々しき事態。ダニエル・キイス作「アルジャーノンに花束を」。早速いそいそと本屋さんに買いに行く。これだけは当時まだ単行本だったので、文庫ばかり渉猟していた私の目につかなかったらしい。

 そのとき買って読んだ本は今もある。1989年に翻訳が刊行され、私の蔵書は20年前の1993年12年31日発行、その初版の第53刷..。いやはや、どれだけ売れたんだ。その後、文庫化されたしテレビ・ドラマにもなったので、ご存知の方も少なくないと思う。アメリカでは映画化された。僕は誰だ?と悩む主人公にオスカーの主演男優賞が贈られた。もっとも、私は恋愛もの仕立てにするのは好まない。

 翻訳版の表紙は華やかなバラの花束。個人的には映画のビデオ・ボックスの絵も捨てがたい。以下、未読の方は、ぜひ先に本をお読みいただきたいと思う。

 
 本書は決して難解な小説ではないが、かと言ってスラスラ読めて楽しめるというものでもない。特に主人公の事情により、最初からしばらくが読み辛い。心理描写も人間関係も複雑で、題材も科学、宗教、倫理、芸術、性と愛、時間、記憶、家族、職業、福祉など多岐に渡る。その豊かさはSFというジャンルの果てしない可能性を示す。

 読みづらくても手間暇かけて読む値打ちがあるし、何度読み返しても新たな味わいがある。いつも最後に危うく泣きそうになるので困る。アルジャーノンとは、脳の手術と投薬の実験に使われたネズミの名前。古いフランス語で「ヒゲのはえた」というような意味らしい。主人公のチャーリイ・ゴードンは運命を共にしたこのネズミと仲良しになるが、その親密な関係は長続きしなかった。

 
 アルジャーノンがチャーリイのもとを去って以降のストーリー展開と文体は、特に最初の読書においては平常心で読むのは至難の業であると思う。チャーリイはなすすべもなく単に「元に戻る」のではない。それでは単なる科学者の功名心と人体実験の被害者だが、彼はわずかに残された時間と勇気と知力を使い、闇に包まれても前向きに歩むことができるよう最後の工夫をこらす。

 これ以上はここには書かない。読んでのお楽しみというか、お悲しみというか。この長編の大事なキーワードの一つが「友だち」である。何もかも「20世紀少年」にかこつけて読みよってという声が聞こえてきそうだが、だってさ、「友だち」という言葉が本当に繰り返し出てくるし、「ほんとうの友だち」という表現まで登場するのだ。


 友達は成長せんとする子供の生活にとって、この上なく貴重な存在である。私の親の世代は「教育ママ」の時代だから、「友達を選べ」とまで言われて育った。小説ではニーマー教授がチャーリイに、手術が成功すれば独りぼっちではなくなって、友だちがたくさんできると請け負う。でも友とは親や教師に言われて作るものではない。

 チャーリイの「友だち」の顔ぶれは、彼の知性や情感の変化と共に移ろい行く。彼も周囲もそれ振り回され、傷ついたチャーリイの手記は、サダキヨが関口先生に宛てた挨拶状のように切ない。だがサダキヨと同じように、きっとまだ彼の人生には手ごたえのある何かが待っていることだろう。幸せの青い鳥は、やっぱり一度、外に探しに出かけないと見つからない。



(この稿おわり)



ついしん。どうかニーマーきょーじゅにつたいてくださいひとがわらたり友だちがなくてもきげんをわりくしないでください。ひとにわらわせておけば友だちをつくるのはかんたんです。ぼくわこれから行くところで友だちをいっぱいつくるつもりです。

ついしん。どーかついでがあったら....





単行本の表紙でございます。




今年初めての梅の花 (2014年1月19日撮影)





































.