おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

チクロ (20世紀少年 第793 回)

 ようやく涼しくなりましたが、ここ東京は天気が好くないです。さて、上巻の第2話は例の9人の戦士と予備のヤン坊マー坊、”ともだち”側の4名が勢ぞろい。しかも、ジジババのババ、中学生のキリコ、決着を付けに来たケンヂまで出てきて賑やかである。さっそくアイスを買い求めて食べ始めたヨシツネとオッチョであるが、ケンヂは道の反対側の壁に寄りかかって、深々と野球帽をかぶったままで元気がない。

 オッチョが一緒に食おうと誘っているが、「金ねえもん」と断っている。貸してもいいぞと友は親切だが、一昨日も借りたからいいと説得力にかける返事。ヨシツネによると、ケンヂは先日、お母ちゃんに買い食い禁止と「メチャメチャ怒られてたもん」だったのであった。


 われらの世代の母親といえば、いわゆる教育ママの時代だ。彼女たちやその夫たちは、戦争中から戦後にかけて学校教育を受ける時代に生まれ育った。このため学力があっても親の経済力がない等の理由により、進学をあきらめた者が少なくない世代である。そこに高度経済成長が始まった。

 かくて我ら子供たちは、学歴さえつければ幾らでも偉くなれるぞという時代的妄想に取りつかれた親の強烈な勉強プレッシャーにさらされた。この「詰め込み教育」とか「受験戦争」とか言われた世代が生んだ子供たちが、後に「ゆとり教育」の対象になった理由の一つは、要するに反作用であろう。自分がしたような苦労は子供にさせたくないという気持ちは同じであるが、ただし手段や方向性があいにく正反対になったのだ。


 いまや二人に一人は大学に進む時代だが、1980年代当時は頑張っても四人に一人ぐらい。そして少なくとも私の場合、大学卒には希少価値があると考えたのは幻想にすぎず、社会に出てからは学閥のある組織に入ったことがないこともあって、学歴はほとんど役に立たなかった。振り返ってみれば、自分が一番成長したのは幼稚園・小学校時代と、社会人になって以降の二十年間である。

 四人に一人の時代にしては、ケンヂもオッチョもマルオもモンちゃんも大学に進んだとはっきり書いてあり、教職を得たサダキヨやドンキーも短大以上(あの家計で立派な親子だ)、ドクターになったキリコと山根ももちろん最高学府卒とみんな高学歴だ。さすがは東京。それに引き換えフクベエは、専門学校だか何だかと近所もはっきりと知らず(多分、専門学校もウソだろう)、成人してからお面かぶってサークル活動。


 なぜケンヂに買い食い禁止令が出たのかは不明。お父ちゃんのアズキ相場投機の大失敗はまだ尾を引いていたのだろうか。実際、この上巻第2話以降の子供時代は、彼らが5年生であることはいくつかの発言からして間違いなさそうで、ということはケンヂは万博代わりの勝浦に行った夏である。ドンキーは箱根の山を越えられず、ヨシツネは大阪で倒れ、サダキヨは裏切られたうえに、のっぺらぼうまで見せられ、フクベエは言わずもがなで皆して心に傷を負った。

 そんな心境のときに買い食い禁止令まで出されては、少年の気分が荒れても仕方がない。一昨日オッチョに借りた金で買ったのかもしれない最後のアイスが「はずれ」に終わったとき、彼は悪の大魔王に声をかけてしまったか...。ヨーロッパのどこかの国の格言、「悪魔が我々をそそのかすのではない。我々が悪魔をそそのかすのだ」。


 ジジババなのになぜババしかいないのかとヨシツネは呑気なことを言っている。買い物カゴを下げたユキジが出てきて(彼女は家事もやらなくてはならぬ)、「死んじゃったのよ」と情報を提供している。彼女の祖父によれば、ジジとババは仲が良かったが、何らかの理由で親の反対にあったらしく駆け落ちしたそうだ。駆け落ちして堂々と同じ町で駄菓子屋か? ヨシツネは「カケオチ?」と訊いている。小娘ほど、ませていない。

 壁に寄りかかったままのケンヂは、カケオチという病気で死んだのかと大真面目に質問して、ユキジにまたも「バカね」と言われている。これからも何回か言われるが、言う方はもちろん言われる方もすっかり慣れている様子で、もう挨拶みたいなもんだ。ババはこんなガキ連に昔話を弄ばれて舐められ、怒りなのか羞恥なのか分からないが顔を赤らめて震えている。


 そこにいきなり登場したのはめずらしく自転車に乗ったヤン坊マー坊であった。彼らは耳敏くユキジの説明を聞いていたようで「違うよーん」と否定し、チクロの飲み過ぎで死んだのだと反論して風のように去った。チクロは昔の合成甘味料で、いきなり毒だと報道された。そもそもチクロ自体を知らなかったのだから、いまだにどこでどれだけ摂取したのか見当もつかない。

 三丁目の夕日の時代はサリドマイドの濫用やヒ素入りのミルク、放射能雨に全国各地で公害の嵐。私たちの世代は「41歳寿命説」の只中にいるが、同級生たちは実にしぶとく殆どが生き残っている。「らりほー」と走り行く双子に、謝りなさいと怒鳴りながら追いかけるユキジ、彼らはさぞかし長生きするであろう。らりほー。テレビか何かで聞いた覚えがあるが、ネットで探してもドラクエしか出てこない。


 ヤン坊マー坊の後ろ姿を見送るケンヂは「びっくりしたな、もー」と三波伸介のギャグを飛ばしているのだが、三波伸介と言ったって若い人は知らないよな...。その昔、笑点の司会者は落語家ではなかったのだ。ヨシツネが「こないだみたいに、メチャクチャやられるかと思った」と言っているが、ただし彼が何度も俺たちの旗を立てたあの激戦は、第4集に「1969年、夏」と明記されているので一年前の別件である。

 ケンヂはようやく、「あれ、そういえばマルオは?」と常連の不在に気が付いている。どうやらマルオは先に来てアイスを買ったらしく、他の場所で食べていたのだろう。「先に行ってようぜ、秘密基地」とオッチョが言って、アイスをくわえた三人の少年が駆けていく。駆け落ちババは黙って見送るのみ。双子の登場でケンヂの不調が目立たなかったか、嫌疑をかけられずに済んだらしい。そこにババにとっては犯人、本人にとっては犠牲者が歩いてきた。



(この稿おわり)





最近のハトは人間をなめているのか逃げない (2013年9月14日撮影)















































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