おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

帰って来たヨッパライ (20世紀少年 第476回)

 私の手元にある単行本の第15集の最後は、ちょっと風変わりな構成になっている。「そして地球は滅亡した」というページの次に、真っ黒なだけのページがあって第15集が「完」となった後に、わずか3ページだけの第13話「虹の向こう側」が収録されている。その最後に「ともだち暦3年」、「第16集 −始まり− 」と記されている。

 ここに登場する男は、十数年前とは人相風体がずいぶん変わってしまったが、どうみても我らが主人公のケンヂである。おかえり、ケンヂ。思いのほか元気そうで何よりです。彼はバイクに乗って、山野に囲まれた道路を走っている。

 やがて、ガス欠で倒れたバイクを蹴飛ばしているが、これは後年もう一度、目撃される光景である。ガス欠に関してはバイクに罪はない。昔のテレビやカンナのカセットなどと違って、蹴ったり殴ったりしても直らない。


 彼が唄っているのは、彼や私が小学校低学年のころ大流行した「帰って来たヨッパライ」の冒頭部分である。音を声に変えて歌っている「ブンカ ブカチャカ♬」というのも、この曲のイントロのリズム・ギターです。この歌は、聞くところによると、最初はラジオか有線放送で評判になったらしいが、当時の私がそういうものを聴いていたはずはないので、テレビでも流れるようになってから知ったのだろう。

 ただし、これを歌ったザ・フォーク・クルセイダーズをテレビで観た覚えはない。なんせこの曲はレコードの早回しを再録音したものなので、ライブで演奏するのは困難だ。私が覚えているのは、ひょっこりひょうたん島みたいな人形劇のヨッパライが出て来て、背後にこの曲が流れるという放映方法であった。


 幼かった当時は「斬新」という言葉を知らなかったが、とにかく斬新な曲であった。日本の歌には、幼稚園や学校で習う真面目な歌と、テレビに流れる流行歌(演歌やGSを含む)の二種類しかないと思い込んでいたのだが、そのどちらにも属さないものが登場したのである。

 同居していた父方の祖父は新し物好きだったから、早速この歌に注目し、盛んに「オラは死んじまったど」と歌っていたのを思い出す。生まれも育ちも静岡なのに、なぜ語尾が「ど」というふうに、九州風になまっていたのか不明である。天国で再会したら訊いてみたい。


 演奏も風変わりであったが、なんたって歌詞が良かった。幼少の私が絵本などを読んで抱いていた天国や極楽のイメージは、これ一曲ですっかり覆されたと言っても過言ではない。そもそも、ヨッパライ運転で死んだ男でさえ、天国に行けるというのが驚きであった。

 しかも、行儀が悪いと神様に追い出されるとは、今にして思えば、エデンの園や「蜘蛛の糸」と同類であり、深い宗教性を帯びていると言わねばならない。「なあ、おまえ」と始まる間延びした神様の声は、北山修の京都弁である。フォークルが解散した後、はしだのりひこは盛んにテレビに出てきたが、残りの二人は顔も知らなかった。


 そこで十代になってから、北山修ベスト・アルバム加藤和彦率いる「サディスティック・ミカ・バンド」の「黒船」を買ってきた。北山のベストは、この曲もあの歌も彼が作詞したのかと驚くほどのラインナップであった。「黒船」は名作である。私が好きだったのは「どんたく」と「タイムマシンにおねがい」。

 「黒船」は、幸いレンタルで見つけて録音し、今でも聴いている。ドラムスは高橋・ビリー・幸宏であった。ギターが高中。このバンドに参加する前の彼は、自己主張の強いベーシストで、拓郎に「リード・ベース」と言われていたのを覚えている。せっかくこのバンドを数年前に再結成したのに、加藤さん、それはない。

 
 ちなみに、「帰って来たヨッパライ」が流行って間もなく、祖父が交通事故で他界し、入ってきた保険金と住宅ローンの組み合わせで、実家は念願のマイホームに移った。この新築物件は、当時売り出し中のナショナル住宅(現在のパナホーム)で、加藤和彦がCMソングを唄っていた頃である。「家をつくるなら〜」という歌。

 加藤和彦北山修が作って歌った「あの素晴しい愛をもう一度」は、私にとってフォーク・ソングの最高傑作である。この曲には複数のバージョンがあるが、ある録音におけるイントロのスリーフィンガー・ピッキングは、天国から光が漏れてキラキラと地上に降り注いでいるかのような美しい演奏だ。私の理解では一番を加藤、二番を北山が唄っており、三番がコーラスになっている。映画「パッチギ」のエンドロールで、オダギリ・ジョーが原曲にかなり忠実なカバーを披露していて、これがまた上手いんだ。


 戦争を知らない子供たちが、中年になるまで平和裏に生きた20世紀が幕を閉じて、21世紀が始まった途端、”ともだち”一派によると、爆破事故に巻き込まれてケンヂは死んじまっただ。ただし、天国で酒と女にうつつを抜かす機会はなかったようで、どこかで苦労して生き抜いてきたらしい。

 虹の向こうは晴れていたようだ。もっとも彼は、ここではワン・ショットだけの出演である。ケンヂの本格的な再登場は、もう少し先まで待つことになる。これで第15集の終わり。第16集以降は、すでに西暦が終わっており、物語の最終段階に入っていくことになる。




(この稿おわり)





極楽といえばハスの花  (2012年8月19日、上野不忍池






 天国よいとこ 一度はおいで
 酒は美味いし ネエちゃんはきれいだ
 わー わー わっわー

   帰って来たヨッパライ」  ザ・フォーク・クルセイダース




































































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