おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

常盤荘にて (20世紀少年 第769回)

 第22集の194ページ目にアパート「常盤荘」が再登場する。”ともだち”歴以降、東京は昔の木造建築群に建て替えられてしまったのだが、常盤荘は古すぎてそのままになっている様子。マライアさんは疲労で倒れたカンナを運び込んで着替えさせてやったらしい。物音に気付いて駆けつけてきたのは漫画家の金子氏と角田氏であった。

 二人はカンナがしばらく帰ってきていなかったので、心配していたらしい。マライアさんは、こんなご時世に漫画なんて描いているとは悠長なものだと呆れているが、角田氏はこんな時代だからこそ描くのだと反論する。マライアさんだって、つい先ほどまで、どうせこの世の終わりなんだからのんびりやろうと言っていたではないか。


 そうそう心配といえば、条例違反で連行された宝塚先生や西森氏、青島氏たちの安否である。常盤荘に角田氏と金子氏の姿しか見えないということは、他の先輩漫画家たちは海ほたる刑務所から戻ってきていないのだろうか。2015年に大規模な特赦があったはずなのだが...。

 レイ・ブラッドベリの「華氏四五一度」は近未来版の焚書坑儒の物語である。ただし始皇帝のような独裁者の強権発動ではなくて、人々が自ら焚書を望む社会になっている。最初に狙い撃ちにされたのがコミックスというから「20世紀少年」と似ている。主人公の職業は「Fireman」で、昔は消防士を意味したが翻訳で「焚書官」になっている。本を焼く仕事なのだ。


 人々が本を憎むようになったのは、それがテレビで楽しい人生を送るに必要な知性に、余計な小知恵を与える毒物とみさなされたからであるらしい。このあたりのブラッドベリの発想は、一億人が総白痴になると喝破した大宅壮一のテレビ批判と同様である。ご両人が今の日本の現状をみたら何と言うだろう。

 「華氏四五一度」の主人公は禁断の木の実を食べて社会に反旗を翻す。角田氏もショーグンに誓った「僕にも信念がある」という言葉どおり描きつづけているのだ。まだ世に出せないだけだ。ただしそれは世の中が悪いからだけではなく、チームの相棒、氏木氏が行方不明であることも一因だという。氏木氏はすぐ近くに戻っているのだが、ケンヂに振り回されている。


 常盤荘の名は、例のトキワ荘からきているのだろう。ちなみに、常盤といえば義経(本物)の母上です。常盤または常磐は日本各地にある古い地名で、強固な岩盤を意味するらしい。やや似た地名に磐城がある。山村暮鳥の「おうい雲よ」の雲の行先候補地が、いわき平であった。

 常磐線が拙宅の近くを走っている。大学を出て就職し初めて支給された通勤定期が、「松戸⇔北千住」間の国鉄常磐線の定期だったから愛着がある。常陸国磐城国まで走るので、この名がある。磐城国はおおむね今の福島県浜通り原発津波で名が売れてしまった。常磐線の全線復旧は何十年もかかるらしい。


 マライアさんはカンナの洗濯物を洗おうとしているのだが、コインランドリーはもうやっていないだろうし、洗濯機を借りようにも大家さんの常盤貴子氏はすでに逃げ去ったらしい。そんな問答をしていたときに、カンナの服から何か転がり落ちて、床に弾んだのを角田氏が気付いた。

 どうやらそれは”ともだち”の得意技、発信機であるらしい。先日、FBIの盗聴が問題になっていたように、国家というのは平民が盗聴すると怒るのに自分たちは平気でやる。「知る権利」は国と報道機関にしかない。ともあれ、カンナに発信機がしかけられた目的は、後の展開からして彼女の所在地の確認であろう。下手人は例のスパイか。首謀者は自明である。



(この稿おわり)




先日ここで働きました (2013年6月23日撮影)





































.