おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

話してやるよ、あのとき何があったのか (20世紀少年 第229回)

 第7巻第6話「神様のサイン」は、地下の公共通路で暮らすホームレスたちの寝ぐらを舞台の中心として、ラーメンを食べ終えた神様とそのあとを追うコイズミ、ようやく普通の服に着替えたショーグンと角田氏、そしてカンナを追う鼻ホクロ巡査が交錯する場面。

 冒頭、鼻ホクロがホームレスを撲殺したことを仄めかすシーンが出てくる。鼻ホクロと蝶野刑事は、ブリトニーさんの殺害現場で、お互いの顔を見ている。両方が通常の任務に戻るのは困難だ。

 蝶野刑事は、第9巻でカンナやマライアさんと行動を共にしているし、第10巻で斉木先輩に、今までどこで何をと言われていることからして、彼が潜伏したのだ。他方で、鼻ホクロ巡査は、警察庁長官の庇護下にあるし、交番のショットガンを使う必要もあるから、そのまま市民の味方たる警察官の振りをしている。


 殺されたホームレスを弔うホームレスたちに紛れて、ショーグンと角田氏が姿を現している。ホームレスの一人から、殺人事件が起きたとき警官のがあったという情報、そして警察が17歳の家出少女を探しているという話を聞いて、ショーグンと角田氏は緊張の度を深める。

 角田氏が口にしている「G's」という連中の意味が分からないが、これ以降、出てこないようなので素通りしよう。さて、家出少女を探している警官は、協力したら飯をおごると言っているらしいのだが、殺された「裕ちゃん」は、協力の仕方が不出来だったため始末されてしまったのかもしれない。


 ちなみに、鼻ホクロ巡査の正体を知っているカンナ、蝶野刑事、マライアさんの3人のうち、ヤマさんから”絶交命令”が出ているのは、蝶野刑事のみである。カンナは”ともだち”の娘であり、よもや、ヤマさんといえども、無断で”絶交”する訳にはいくまい。フクベエも許すまい。実の父はカンナに手を出さないという、キリコの考えが正しければ。

 この時点で巡査がカンナを探しているのは、一緒にいるはずの蝶野刑事が追跡対象の本命であったとしても、警察官が警察官の写真をばらまく訳にはいかないから、家出少女探しの体裁をとったのかもしれない。しかし、後に改めて第9巻のあたりで考えるが、教会で彼が殺そうとしたのはカンナである。なぜカンナなのか、彼がカンナを殺しても構わないのはなぜか。今のところ私には謎である。


 七龍にドンブリを返しがてら、ホームレスたちの居住地に立ち寄った神様は、周囲から大歓迎されてコイズミを驚かしている。ここで神様は、神永球太郎という本名をコイズミと読者に明かすとともに、自分が10年前(2004年)から株で大儲けし、日本人初の民間人宇宙観光に行った話を披露する。地球は「まあ、そこそこ青かった」そうだ。

 コイズミは引き続き、ケンヂの話をしてくれと神様にせがむのだが、紙とペンを所望した神様が書いたのは、コイズミの期待に反してケンヂ情報ではなく、「凶子さんへ 神さま」というサインであった。コイズミ、こんなものいらないし、字が違うと怒るのだが、ホームレスたちにとっては、世間では高値で売れる神様のサインは、いわば神による生活保護である。


 神様が「忠さん、具合はどうだい?」と訊いている相手は、第2巻でケンヂのコンビニから、しょうが焼弁当をひったくって逃げた、あのチューさんであろう。「はい、まあ、ボチボチ」と答えているが、少し体が弱っているらしい。そこに警察の手入れがはいり、忠さんが警官に連行されようとしているが、コイズミは病人に何をすると怒っている。ここにも正義の少女がいる。

 神様は「半日もすれば、みんなまた戻ってくる」と、ベテランらしく平然としているが、同じ場所で毛布をかぶって隠れていたショーグンと角田氏にとっては一大事である。逃げる二人、追いかける鼻ホクロ巡査。そこに運悪く通りかかっただけの、後ろ姿がショーグンと似ている男が、鼻ホクロに射殺されてしまう。


 これを見たら、さすがの角田氏も、お前は逃げろというショーグンの命令に唯唯諾諾と従うわけにはいかない。ショーグンを題材に、漫画を描かなければならないのだ。脱走中に「これからやるんだよ」とショーグンは言ったが、目の前で人違いの殺人があった以上、再び同じ質問をしなければならない。何をしたのかと。

 一方、神様の口から、彼が直接ケンヂに、長生きすればまたボーリングのブームが来ると言われたという話を聞いたコイズミは、七龍にドンブリを返しにゆく神様に離れず付いていく。神様もこの出会って間もない少女が、自分の話を一所懸命に聴くことや、ホームレスに対する偏見がないことを感じていたに違いない。

 ショーグンは角田氏に、神様はコイズミに、とうとう、こう言った。「話してやるよ。あの時、何があったのか...」。ここから先の2000年血の大みそかの回想については、このブログではすでに第162回から第182回にかけて、感想文を書いた。このため、次回からは回想場面の続き、第8巻の50ページ目に戻る。実は、同じ話をしていた二人連れが、もう一組いた。カンナと蝶野刑事であった。


(この稿おわり)



ミケランジェロの「ピエタ」が有名だが、ピエタというのはこの作品名のみではない。
エスの死を嘆き悲しむ場面を描くという芸術のモチーフなのです。
これはギュスターヴ・モローの「ピエタ」。
(2011年12月24日、国立西洋美術館にて)