おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

風と共に去りぬ (20世紀少年 第746回)

 第22集の47ページ、引き続き舞台はコンチのスタジオ内。コンチは職業柄、先ほどから気になっていることがある。行き倒れになるほど貧窮している男が、なぜか後生大事にアコースティック・ギターを持ち歩いているのだ。身の上話が一段落して、コンチはようやく「あんたは、ギター弾くの?」と訊いてみた。相手は気の無い返事で「ん? ああ..」とマーチンのギターを見やっている。

 コンチはコーラを飲みながら、「なんかやってよ」と頼んだ。「なんかって?」というケンヂの反応は至って鈍いが、「曲だよ、曲」というコンチの念押しに対するケンヂの行動は速かった。古いギターをボロンと鳴らせば、調弦の必要なし。選曲に迷いなし。「ボブ・レノン」が「僕は今、家路を...」という一番の途中まで来たところで、コンチは「ちょ、ちょっと待った」と素人将棋のように慌てた。

 
 邪魔されたケンヂは「何?」とちょっと不機嫌そうだが、DJの要件は大切なものだった。「録音するからちょっと待て」とコンチは言った。「歴史的名曲はこうして生まれた。そして、そいつは風と共に去っていった...。名前も告げずにな...」と語り終わったコンチの横にカンナが立っている。なぜかこの曲を知っていた彼女に、コンチは曲が世に出るきっかけとなったエピソードを伝えていたのだった。

 さて。ケンヂがこの曲を録音したのは血の大みそか。その頃の彼はオッチョに語ったところによると、「奴らにわからないように、わかる奴にだけわかるように、誰かこの歌の意味わかってくれって」と願いながら歌を作って路上ライブをやっていた。結果は「てんで聴いちゃくれねえ」だったが、効果が出るまで十何年もかかっただけだ。


 とはいえ「ボブ・レノン」に関しては、その歌詞がそれなりに権利とか自由とかフランス革命みたいなことを言い出すのは後半のことであって、最初にコンチが聴いた部分は、食い物の好みと地球の上に夜が来るというところだけで、これだけで「わかる」というのは有りか? コンチを動かしたのが歌詞ではなくて、ケンヂの演奏や歌唱が抜群に上手かったということであれば話は別だが、そういう上等な評価はこれまで聞いたことがない。

 でも導入部分だけで大事な何かが伝わったのだ。最後まで聴く必要もないくらい大事な何かが。コンチとケンヂの付き合いは長い。ケンヂとオッチョがプールで潜水時間競争をしたときも、蛙帝国VS忍者部隊の時代も、原っぱの秘密基地でも、首吊り坂の胆試しの夜も二人は一緒にいた。CCRの伝授があり、二人ともロック漬けで音楽の好みも似ている。このとき歴史は二人で動かした。


 映画「風と共に去りぬ」は、私の両親の世代にとっては歴史的名作に違いないが、私と同年代、特に男は「退屈だ」と言う人も少なくない。古い作品だし、時代設定はさらに昔だから仕方がないか。南北戦争のころだ。仮にペリーの黒船が威張り散らして帰ってから間も無く南北戦争が始まらなかったら、日本の近代史はどんなふうになっていただろう。

 近ごろの映画はエンディングが驚天動地か大感動で終わらないといけないらしい。それはそれでダメだとは言わないけれど、そんな客ばかり当てにしていると役者が育たないぜ。私にとって映画を観る楽しみの一つは、主人公の登場の仕方に監督がどんな演出を見せるかだ。思い出すのは昔の映画ばかり。「駅馬車」でジョン・ウェインの立ち姿が霧の向こうに現れるシーン。

 さらに「第三の男」でオーソン・ウェルズがウィーンの夜の街角に立つ脚と猫だけの場面。子供の頃、この場面を観ながら「俺は生まれて初めて大人の映画を観ている」と思った。「大脱走」はすでに話題にした覚えあり。一人、小脱走して捕まったスティーブ・マクイーンが独房に放り込まれる。エンディングも同じという念の入りようだ。「男はつらいよ」は寅さんの夢で始まる仕来たり。


 映画「風と共に去りぬ」の場合、ヒロインのスカーレットの登場は私にとっては平凡であり、単なる上流階級の娘がひょいと出てくるだけだ。コルセットで苦労していたなあ。それと比べて、バトラー船長が出てくる場面の格好良さよ。彼の去り方も何とも言えない。スカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リーはオスカーの主演女優賞を獲ったが、レット・バトラー役のクラーク・ゲーブルは受賞を逃した。

 一説によると原作者のマーガレット・ミッチェルが大のゲーブル・ファンであったため、小説を書くにあたりゲーブルを念頭にバトラー船長のキャラクターを設定した。このため映画では「あまりに本人すぎて演技も何もない」ということで選考に漏れた。面白い説なので却下します。長くなったので、次回は小説の話を終わらせてから、漫画に戻ります。



(この稿おわり)




丘の上、ヒナゲシの花 (2013年5月23日撮影)




































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