おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

DJをかます (20世紀少年第747回)

 以前ヘミングウェイが苦手と書いたが、なぜか彼のみならずアメリカの小説が肌に合わず「白鯨」も挫折。ちゃんと最後までしっかり読めたのは「怒りの葡萄」ぐらいか。主人公一家はケロヨンと逆方向にルート66を走る。さらに、和洋を問わず女流文学も不得手。この女流とアメリカ流がダブル・プレーに倒れたのが、大長編小説「風と共に去りぬ」であった。

 映画を観たあと若気の至りで新潮文庫5冊をまとめて買ってしもうた。拷問のような読書の果て、覚えているのは、わずかに一場面。スカーレットの農場があるジョージア州は南軍だが、ある日、彼女の屋敷に北軍の兵士が闖入してきたのだ。飯か金の無心だったかと思う。今、読み直せばもっと楽しめるかなあ。その後、アトランタの深い緑に包まれた町並みも見たことだし。


 以下、私見です。アメリカ合衆国の人種差別主義者は、奴隷解放の象徴的存在であるリンカーン大統領を嫌う。だが今の世の中、リンカーンさんの悪口を声高に叫ぶわけにもいかないのか、代わりに南北戦争の悲惨さを強調する者がいる。例えばこれは事実らしいのだが、南北戦争アメリカ史上、最大の死者数を記録した。

 つまり大日本帝国ドイツ第三帝国を敵に回して大量破壊兵器で殺し合った第二次世界大戦よりも戦死者が多かったのだ。リンカーン職業軍人のみならず、初めて一般市民をも戦争に巻き込んだと非難する。だからこんなに死傷者が出たのだと言う。しかしこれは近代国家における戦争や革命では避け難いことであろう。

 四民平等も廃刀令も日本中の男を徴兵するにあたり、建前が美しく効果も抜群の手段である。南北戦争は英語で「The Civil War」という。文字どおり全国民がこれからの国の在り方を賭けて戦ったのであり、どちらも正義だったから激烈な戦いになったのであって、リンカーンが独創した作戦ではない。


 スカーレットは、その最前線に図らずも立ってしまったのだ。彼女の屋敷には女の細腕ではとても持ち上げることができないほどの大刀があった。スカーレットが驚いたことに、その剣を床に引きずりながらメラニーが助太刀に来た。私はこの戦いの結末を覚えていない。でもこのメラニーの勇気、まさに旗を携えて走るドンキー、竹竿で原っぱの雑草を薙ぎ払うオッチョの姿とそっくりである。見上げた女だ。

 中学生のときだったか、英語で寡婦は「widow」ということを知った私は、だしぬけに「寡婦と共に去りぬ」というパロディー小説を書いたら面白いだろうという着想を得た。翻訳すると「Gone with the Widow」だから海の向こうでも受けるに違いない。ちょっと隠微な感じも良い。だがこの夢はまだ果たしていない。そもそも小説を書く文才がないし熱意にも欠ける。アイデアは無償で譲るので誰か書いてくれないかな。


 第22週の50ページ目、泥人形風の歌手との思い出を語り終えたコンチは、傍らに立つ娘が泣いているのを見た。彼女は「ケンヂおじちゃん」と言っている。個人的にも社会的にもケンヂといえば、コンチが真っ先に思い出すのは遠藤であろう。相手は「あたしのケンヂおじちゃん」とうれし泣きしている。

 コンチは驚きのあまり「あのテロリストの...」と言ってしまい、それが「あの歌手」だったのかと言い足した。後ろに立つ若者らが、カンナはケンヂ一派のケンヂの姪っ子であると補足説明した。マサオは黙っているが目付きが鋭い。目の前に立つのが元「神の子」であったとは彼も驚いたろう。

 コンチは音声装置の座席から慌てて立ち上がった。目の前に立つのが元「基地の仲間」の姪であったとは。あの歌手がケンヂであったとは。カンナがここで「生きてた」と安堵しているのが興味深い。これまではグータララ・バージョンの存在が唯一の希望の星だったのだが、ここに生き証人がいたのだ。


 カンナは決意した。マイクは使えるのか、声をラジオで流せるかとコンチに尋ねる。コンチは仕事を終えてから仮眠をしていたのだ。「ああ、もちろん」と答えた。「あなたのほうが上手にしゃべれると思うけれど」とカンナにしては謙虚である。「平気平気、ガツンとDJかましてくれ」とコンチは席を譲り、音量を上げた。DJとは、かますものなのか。

 マサオは話の急展開についていけないようで、「何をしゃべる気だ」と質問しているのだが、コンチに「しっ」とジェスチャーで黙らされて(そうそう、人差し指はこういう風に使うものだよ)、カンナ一世一代のDJが始まる。数日前、彼女の父を真似る男が神をも畏れぬ放送をして以来、きっと人々は次にどんな情報が飛んでくるのか不安で、ラジオのスイッチを入れたままであろう。第3話のタイトルにしたがい、「東京都民の皆さん」とカンナは口火を切った。



(この稿おわり)





梅雨入りとくれば (2013年5月30日撮影)







 その声に身を寄せ候 闇に寄り添う心...

        サザンオールスターズ 「お願いDJ」



 泣いたら窓辺のラジオをつけて
 陽気な歌でも聞かせてやれよ
 アメリカの貨物船が桟橋で待ってるよ...

          森進一 「冬のリヴィエラ





























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