おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

立ち読み (20世紀少年 第628回)

 第19集の139ページ目で失業したケンヂは「アルバイト・ニュース」という昔懐かしい雑誌を福沢書房で立ち読みしている。今のアルバイト募集情報はネットやタウン誌で無料で手に入るのだろうが、アルバイト・ニュースは表紙に書いてあるように150円。かつてこの種の情報は有料であった。

 もっとも私が大学生のころ、学生課に行けば手書きの張り紙がいつもたくさん壁に並んでいて、条件さえ欲張らなければ選びたい放題であった。ただし、京都にいたので、あそこは少なくとも当時、人口当たりの大学生数が日本一とあって、一番時給が高い家庭教師は、私もそうだったがコネで手に入れるのが精いっぱい。 


 かくて私のアルバイト履歴は、寅さんのようなテキヤ稼業の手伝い、パチンコ屋の店員、競馬場の警備官、野球場のガードマン、旅館の皿洗い、土木工事の助手、酒屋の配達、食料品工場のライン、デパートの荷物運びと、今でいうところのガテン系ばかりを好み、例外は映画会社の経理ぐらいか。どれもこれも良く働いたし、雇い主も本当に良くしてくれた。

 ケンヂは時給が780円とか820円とか悩んでいるので、どうやら職種よりも賃金水準で選んでいるらしい。高いほうの電話番号を左手の掌に書き写している。まだ東京の市内局番(03−〇〇〇〇ー▲▲▲▲のうち、〇〇〇〇の部分です)が3ケタになっている。いつ4ケタになったかなあ...。人口と経済と携帯端末等の普及を考えると、5ケタにはなるまいな。


 ケンヂはふと、すぐそばで万引きが行われているのに気付いている。小売店の万引き被害は今もなお深刻な状況らしい。本屋さんも例外ではあるまい。もっとも、そもそもこの福沢書房のような町の本屋さんが激減してしまった。たまに残っていても置いてある本は雑誌、コミックス、ミステリの文庫、ノウハウ本ぐらいなものだ。コンビニとあまり変わらない。

 文芸書とか専門書などは、あっても片隅にちょっと。去年だったか出版関係者がこのような読書水準の低下はヨーロッパでも同様であり、アメリカではもっとひどいと報告していたのを覚えている。質的な問題だけではなくて、量的にも下がっていて漫画すら売れなくなっているらしい。私の学生時代に少年ジャンプは400万部を超えた。今はどうかな。


 ケンヂの隣でダウン・ジャケットの若者が万引きしようとしているのは「YAWARA!」の第1巻。立ち去ろうとする男の後ろ姿に、ケンヂは「やめとけ」と声をかけた。そして「立ち読みはいいけど、万引きはやめとけ」と言った。私は後半に異論はないが、前半には賛成しかねる。

 新しい書籍は紙の色つややインクの匂いがして、新品ならではの商品価値があるのだ。それなのに、特に雑誌がひどいが、立ち読み連中がボロボロにしてしまう。昼間からコンビニで若いのが五人も十人も雑誌の立ち読みをしているが、あれは何だ? 実際、ケンヂ自身も本屋のおばちゃんに、ハタキではかたれてしまうのであった。


 ケンヂに注意された男はコミックスを棚に戻したのはいいが、ケンヂに体当たりを食らわせて去った。けっこう強い仕打ちだったようで、ケンヂは痛がっている。今日の私は文句が多くて申し訳ありません。最近の都心では、電車に乗って立っていると、頻繁に通りがかりの乗客に体当たりされたり、大きくて重たい荷物をぶつけられる。

 30年前と比べて明らかに公衆道徳が悪化しているなと思っていたら、最近気が付いたのだけれど、逆にこちらが誤ってぶつかったりぶつけたりしても、ほとんどの人は気に止めず、謝るとビックリされることが多い。要するに連中にとって他人は立木や電信柱と変わらないらしい。悪意がないのだから構わないという問題だろうか。


 ついでに、もう一点。電車は降りる人が降り切ってから、乗る人が順番に乗るものである。通常、一つの出入り口を大勢が出入りするのだから、そうしないと混乱するのは当たり前なのだが、最近はこれも駄目。とにかく座りたいらしく、こちらが降りる前から乗ってくるし、誰かが降りるのを待っていると後ろから抜かされてしまう。

 彼らが座って何をするかというと、たいていスマート・フォンかゲームの端末をいじる。折り畳み式の携帯電話は、軽いし比較的、画面が上のほうに来るので立っていても使いやすい。しかしスマホは重いし、両手で扱う人もおり、下を向いて操作することになるので、立って荷物を抱えたままでは大変なのだろう。だから人を蹴散らしても良いというのが、おそらく彼らのほとんど無意識の行動原理になっている。徒歩での外勤が多い仕事なので、移動するだけで疲れます。


 そんなケンヂの本屋での騒動を、またもや長髪の人殺しになる青少年が盗み見ている。どうやら、なぜか先ほどの横断歩道の件がお気に召したらしく、ストーカー行為に及んでいる様子なのだ。しかも夜になっても、まだ後を追っている。

 ケンヂは夜道を歩きながら「まいった」とぼやいている。やっぱ時給が高いところは人気だなと言っているから、820円の仕事は先約か抽選か面談で他者に奪われてしまったらしい。腹減ったと言っているから、今日は仕事もなく金もないらしい。家路を急ぐほかあるまい。しかし、この日の彼はまだまだ多事多難なのであった。



(この稿おわり)




ご近所のお地蔵さん。なぜか子連れ。 (2013年2月11日撮影)












































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