この感想文は感想文であるが故に、物語の本筋から細部に至るまで、場合によっては最後のほうの出来事にも触れる。特に今回はその度合いが大きいので、まだ漫画を読んでみえない方や、映画をご覧になっていない方はご注意願います。
謎のDJと紹介されていた男は、第18集の第8話「世界を変える始まり」の冒頭に再登場する。世界を変え始めるのは、この章の後半で始まるオッチョ、カンナ、万丈目の行動であるとともに、この時点で既に過去の出来事であるが、このDJおよび彼が「あいつ」と呼ぶ男の出会いでもある。
後に分かるがDJはコンチであり、「あいつ」とはケンヂである。その邂逅というか再会と呼ぶべきか微妙な出会い方だったが、ともかく第18集において通奏低音のように流れ続ける「グータララ節」は、両者の接触が散らした火花のごとく、電波に乗って広がり世界を変えていくことになる。
荒野の一本道を一台のポンコツ車が走っている。フロントのエンブレムからして、フォードのサンダーバードであろう。コンチはカンナが憧れている60年代ヒッピー風そのもので、長髪にバンダナ、ジョン・レノン風の黒メガネのサングラス、胸につけてるピース・マーク。
彼が立ち寄ったのは「Mars Cafe」という火星の店だが、外観も店内も荒れ果てている。コンチは盛んにマスターに話しかけているが、明らかに無人であり、彼の一人芝居である。そうしたい気持ちも分かる。私も十数年の一人暮らしの経験があり、ときどき例えば冷蔵庫に「今日は空だな」などと話かけたりしていたものだ。
残り一本となった冷えていないコーラを文句つけつつ飲みながら、コンチは「どうしてるかな、あいつ」と言った。どうやら、前にもマスター相手に話題に出しているようで、今の彼にとって重要な人物であるらしい。あいつの歌を最初に聴いたときは、雷に打たれたような感じであったという。
コンチは壁にかけてあるレコード・ジャケットを指さしながら、そのときの印象を「ブライアン・エプスタインがキャバーン・クラブで初めてあの四人組に出会った時みたいな感じ?」と表現している。15年ほど前、リバプールで一泊したときに雨振る夜の街中を歩き回っていたら、このキャバーン・クラブの前に出た。今もあるのだろうか。近くの街角にエリナー・リグビーの小さな肖像も立っていた。
ビートルズ関係の本はもう読み飽きてしまった。何十冊も読んだろう。以下は一々調べるのも面倒なので、記憶だけに頼って書きます。勘違いがあったらごめんなさい。ブライアン・エプスタインは、リバプールでレコード店を経営していたユダヤ系の若者で、コンチが言うようにビートルズに一目惚れしたようなことを本人が語り残している。
もっとも、彼はホモセクシュアルであり、同じ傾向をお持ちの淀川長治さんが「ビートルズは大英帝国のお稚児さん」と評したように、その種の男性から見ると、また別の魅力があったのかもしれない。ブライアンは彼らのマネージャーになり、三十代の若さで世界を制覇し、ビートルズが彼を不要としてから薬物の過剰摂取で死んだ。
ブライアンは初代のマネージャーではない。ビートルズはマネージャーも替えたし、ドラマーも替えたし、ベーシストのスチュアート・サトクリフは脳出血で夭折しており、本格デビュー前には事の多いバンドだった。スチュアートはジョンの美術学校の同級生で、絵の才能はあったがベースは弾けず、ステージでは客席に背を向けて立っていただけという。
無名時代のビートルズは、何回か西ドイツのハンブルクまで演奏旅行に出かけている。スチュアート・サトクリフはドイツ人の写真家、アストリット・キルヒヘアと恋仲になった。コンチが指さしているジャケットにある、メンバーの顔の横から照明を当てたモノクロの印象的な写真は、アストリットが撮影したものだ。
また、この独特のモップ頭も彼女が考案したと伝えられている。ブライアンはそれまでリーゼントに革ジャンだった不良少年たちを、マッシュルーム・カットとジャケットに替えさせて売り出した。なんせレコード店の店長なので、自分でも大量に買ったと噂されたらしいが真相は不明である。
マーズ・カフェの壁に飾られているアルバムは、ジャケットに「Meet the Beatles」というタイトル、その下に「The First Album...」とあるが、これはアメリカ国内で初めて販売されたアルバムという意味で、本国イギリスの第1作とはアルバム名も収録曲も異なる。ビートルズのアメリカ初公演に合わせて1964年に販売され、ケネディー大統領を亡くして失意に沈んでいたアメリカに一大旋風を巻き起こした。
イギリスとアメリカでアルバムが違うという事態は、1967年のサジェント・ペパーズまで続いた。英米の国民は困らなかったかもしれないが、日本ではその両方が販売されていたため、全部買い集めるのは金銭的に大変だし、曲が思いっきり重複してしまう。やむなく同級生と役割分担し、彼はアメリカ版、私はイギリス版を買っていたものである。
多分いまの日本では本国イギリス系で統一されていることと思う。それでいい。これからビートルズを聴こうとする人には、やはり年代順に聴いてもらいたい。彼らの出世作、「Please Please Me」は、若干二十歳のポール・マッカートニーによる鋭いカウント・アップで始まる「I Saw Her Standing There」から聴くことができる。こんな幸せもそうはない。
オープニング・ナンバーがすごいという点では、この「Meet the Beatles」も負けていない。私は「She Loves You」のメロディーやコーラスが好きで、今でもときどき口ずさんでいるのだが、この曲ごろまでの彼らの作品はちょっとせわしない感じや素人っぽさが残っている。しかし次のシングル「抱きしめたい」にはすでに王者の風格が漂っている。
中学生時代、私はビートルズに限らずレコードを電蓄で聴いていた。電気蓄音機。母が嫁入り前から持っていたという代物で、近くの家電屋さんが「言い値で下取りする」と語っていたから、当時すでに骨董品そのものであった。音がアナログであるばかりでなく、この電蓄にはスピーカーが一つしかなかったため、音楽は約半分しか再生されない。
後年ステレオを買って、立体的にシャープな音楽を聴けるようになったときの私の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがある。ロックはパワフルでリズミカルなだけではなく、美しく複雑な音色を持つ音楽であることを知った。一粒で二度美味しいとは、何のコマーシャルだったか...?
(この稿おわり)
こちらはイギリス盤の第2作。中学生のとき買ったもの。
(2012年10月20日、実家にて撮影)
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