おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

DJの回想 (20世紀少年 第595回)

 去年の暮れの紅白で、美輪明宏が「ヨイトマケの唄」を歌って、若い人の間でも評判になっているらしい。あの歌が流行ったころ僕らは小学生で、よくふざけて冒頭の部分を合唱したものである。周囲の大人もよく歌っていたが、ふざけていたのかどうか知らない。母を歌ったと聴いてもよいし、働く人を歌ったと聴いてもいい。私は後者だな。

 今の日本、仕事の歌が流行するなど、まず皆無であろう。ジョン・レノンは冗談ばかり言う人だったが、亡くなる少し前のインタビューで「8年間、俺たち本当によく働いたんだ」と語っていたのが強く印象に残っている。彼はステージでスタジオで働いていたのだ。私が一番好きなビートルズの楽曲は「A Hard Day's Night」。若い頃はラブ・ソングとして聴いていたが、今では働く男の歌として聴いている。


 ビートルズはポピュラー・ミュージックを変え、それを通じて若者の思考や感受性やファッションを変えた。音楽がどれほど変わったかは、彼ら以前のポップスと聞き比べてみれば分かる。謎のDJはカウンターで一人、コーラをいただきながら、「あいつの曲が世界を変えるって、マジで思ったもんね」と言う。

 一人芝居が続いている。コンチは振り返ってジューク・ボックスを見つめ、清水健太郎のようにマスターに語りかけている。あいつの曲をかけてくれと言い、まだ壊れたままなのかと残念がる。さて、ジューク・ボックスを最後に見たのは、いつだったか、どこだったか。機械が苦手な私には操作が難しくて、ときどき想定外の曲をかけてしまったものだ。


 コンチは「あいつ」が誰だか知らないが、気になって仕方がないらしい。あれから連絡はないという。先を急ぐと出ていったきりだという。その場面はあとで登場するから、そこで楽しもう。全国ツアー中らしいが、コンチは世界がどうなっているのか知らない。あれだけラジオでかけまくっても、リクエストはがき一枚来ないのだ。

 私がインターネットの普及に一番感謝しているのは、運が良ければ昔の音楽を即座に無料で聴けるようになったことだ。さらに運が良いとライブの映像なんぞも観ることができる。もう一生、聴く機会などなかったはずの古い曲が流れる。もう新しい歌に関心もない今、ウェブは私の音楽鑑賞生活において宝の山になっている。


 かつては聴きたい曲があったら、お金を出してレコードを買うか、親切な友人にテープ録音してもらうか、私はやらなかったが、ラジオのDJにハガキや電話でリクエストして流してもらうという方法もあった。今でもあるんだろうか、電リク。自分のリクエストを取り上げてもらうため、聴取者も工夫を凝らしてDJの関心を引こうとする。

 それもまた、深夜のラジオ放送を聴く楽しみであった。中学校から大学に至るまで、オールナイト・ニッポンは何百回か、もしかしたら何千回も聞いたものだ。中島みゆきがパーソナリティを務めていたころ、リスナーから届いたハガキに、小噺を一席という感じで「根っこと葉っぱの会話」というのがあった。
  
 根っこ: 「ね!」
 葉っぱ: 「は?」


 コンチは「ハガキと言えば」と何やら思い出したようで、ジーンズのポケットからクシャクシャになった紙を取り出している。「むか〜しに届いたハガキ」であり、「いやなに、こっちの話」であるらしい。ハガキに何が書いてあるか見えないが、多分あのマークだろう。消印は2000年の秋ごろか。

 釣はいらねえよと啖呵を切って、コンチは千円札をカウンターに置いた。友路は持っていないらしい。風に吹かれて、床にお金がいっぱい散らばっている。ポップさんとペーターも評価するであろう。俺はこれでいい、俺が出て行ったら誰がDJやるんだと、コンチの意志は固い。ここいらに誰もいなくても、どっかで誰かが聴いているさと彼は信じている。


 彼が戻った場所には、何メートルもありそうな高いアンテナ状の設備がそそり立っている。「ここで、あいつの曲かけ続けるのさ」と一人語るコンチの背中と風にはためくバンダナの緒。選曲に間違いはなかった。どこかで誰かが聴いているという願いも報われた。

 北方検問所の村人たち、春さんとマルオの音響施設、オッチョとカンナのトランジスタ・ラジオ、コンビニの中川先輩、そして意外なところでは暗闇にひそむ13番...。オッチョとカンナは、曲を聴いて和解し、新たな道を歩み出そうとした。そして邪魔をしたのは、またしても友民党であった。その友民党の調子がちょっとおかしい。



(この項おわり)




元旦、鴨さんの日向ぼっこ。





 父ちゃんのためならエンヤコラ
 母ちゃんのためならエンヤコラ
 も一つおまけにエンヤコラ

      「ヨイトマケの唄」 美輪明宏



 It's been a hard day's night and I've been working like a dog
 It's been a hard day's night and I should be sleeping like a log
 But when I get home to you and I find things that you do
 will make me feel alright


      The Beatles  ”A Hard Day's Night”
 





































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