おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

オッチョと少年の会話 (20世紀少年 第559回)

 睡眠薬から目覚めたオッチョは、部屋の暗がりに草刈り鎌を持った誰かが立っているのに気付いて驚愕している。第17集の第7話、「旅の重さ」が始まり、読者の気も重くなる。鋭利な鎌を振り上げていたのは先ほどの少年だったから、読者も驚愕する。男の子は目がつり上がっていて、極度の緊張状態にある様子。

 オッチョは手錠で片手が使えず、もう片方も怪我をしている。一方、少年は凶器を持っているが、この程度のハンディキャップでは一対一で戦っても子供に勝ち目はない。「よせ、やめるんだ」と落ち着き払ったオッチョの叱責を受けて、少年は襲う気を失くしたらしい。正解。

 急に怯えた表情になった少年に「おじちゃんは悪い人? いい人?」と尋ねられて、オッチョは不審そうだ。しかしこの少年は最後の助けを求めてオッチョのもとを訪れたのである。これも正解。


 次の質問はさらに直裁で、「おじちゃんも、人、殺す?」というものであった。人を殺すのは悪い者であることは、長年悩んだ末、サダキヨが辿りついた結論である。あのおじちゃんみたいに人を殺すのかと妙なことを訊かれて、どういうことだとオッチョは問い返している。

 少年は、父ちゃんも母ちゃんも殺されたのだと辛い体験を口にしなければならなかった。殺したのは、「あのおじちゃん」なのかを確かめるためにオッチョは、「誰に? この村の人たちはワクチンの奪い合いで、殺し合いになったんじゃないのか?」と訊いた。少年はそうだとは言わなかった。


 その代わり、彼はワクチンは届いたと言った。万博の開会式に行った少年と父に届いたのだという。残酷な仕打ちである。母親は留守番役だったのだろう、彼女にはワクチンが届かなかったのだ。ポップさん夫妻は、一つしかないキリコのワクチンをペーターに渡すことに決めた。だが、決めるまでの間、二人の心中にはいろんな思いがよぎったに違いない。

 少年の家庭では悩む間もなく、ワクチンを届けた郵便配達が帰った後で、すぐに「あのおじちゃん」が来て、両親を殺しワクチンを奪ったのだという。その男は防毒マスクの配達夫がワクチンを配っていることを知っていたから、そういうことができたのだ。すぐに受取人がワクチンを打ったら、強盗殺人犯にとっては手遅れになる。


 ここまで聞いて、「あのおじちゃん」が誰なのかオッチョは悟った。少年が「あの」とオッチョに対して表現しているということは、オッチョが「あのおじちゃん」を知っていることを、少年が知っているということなのだ。そして、右手にはめられた手錠。「まさか」と流石のオッチョも絶句している。

 そのころ、あのおじちゃんは少年を捜し求めて、夜の村を歩き回っているのだが、当然見つからない。彼が道端で子猫をかわいがり、母親の猫に警戒されている場面は少し物悲しい。「いいな、おまえは。家族がいて...」と男は言った。男が羨ましがる気の毒な事情は次に明らかにされる。だからと言って、少年も家族を失ったことをどう思うのか。

 
 「悪いね、手錠なんかかけて」と男は不用心のまま戻ってきた。ところが、相手は何故か手錠から自由になっており、しかも、あっという間に杖は棒術の得物に早変わり。組み伏せた相手に、オッチョはお前は村人じゃない、ワクチンを奪いに来ただけだなと問い詰めた。

 男は「なんの話だ」と、しらを切ろうとした。だが、オッチョの視線の先を辿ると、そこにはバッグを抱えた例の少年。手錠の鍵が入っていて、万事休すと相成った。バッグの中のたくさんのワクチンは何だと問われ、男は平然と「人を殺して奪った。それがどうした」と薄ら笑いを浮かべている。少年も聞いているのに。

 オッチョは激怒した。殴りつけようとしたのだが、窮鼠猫を噛むとはこのこと、男はオッチョが左腕に重傷を負っていることを知っている。そこにかみついた。さすがのオッチョも「あがあ」と悲鳴を上げた。男は少年からワクチン入りのバッグをひったくって逃げる。オッチョが追う。そして追い詰めた。あともう少しで、この悲劇もクライマックスと幕切れを迎える。



(この項おわり)



古い木造屋敷の鴨井の飾り。 (2012年4月30日撮影)






















































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