おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

目の前にワクチンがあって (20世紀少年 第543回)

 コンピュータが正確だというのは嘘だな。私のパソコンは過去2回、故障して最後には廃棄。3代目も最近不調である。故障やオーバー・ヒートでどこかの部品が不調になるとまともに作動しなくなり、データを失うなど何度か本当にひどい目に遭った。形あるもの、いつかは壊れる。

 この点、人間の頭や体と何も変わりはない。しかも、機械はどこまで自動化が進んでも自律性がないので、人類が何等かの操作や維持管理する必要があるのだから、コンピュータのみならず如何なる機械も原発も、操作者と一体のシステムとみて、初めてその正確性や安全性を問わなければ意味がない。わが家の場合、その操作者にも問題があって、間違いばかり起こしている。

 それはともかく、先日の「なりすまし」脅迫メールの件には驚きました。マスコミはもっぱら警察批判にいそしんでいるが、私のようなITの初級者にとってみれば、IPアドレスさえ他人に悪用されるとなると、仕事で使うのも心配になってくる。


 さて、第17集の71ページ。名簿にあなたの名前がないとカンナに指摘された中川くんは、見落としたんじゃないんですかと笑って誤魔化そうとしている。「何、言ってるんですか」とも言っているが、この先、追い詰められて中川くんの言葉づかいは段々と乱暴になっていく。

 カンナは何度、検索しても見つからないと切り返している。中川くんはあの日、正面スタンドに座っていたのだと防戦。しかし、カンナのパソコンには参加者のリストだけではなく、正面スタンドの写真まで保存されていたのであった。拡大処理してスキャンしても中川くんは居なかったとカンナはいう。


 IT不審人間の今の私にとって、名前と写真の検索程度では証拠は弱いと思うのだが、中川くんはそういう方面からの反論をせず、そのときちょうどトイレにいっていたのだろうという苦しい答弁をした。長蛇の列だったよねと同意を求められて、この段階のサナエはまだ疑いを持っておらず、笑顔で応じている。 

 でもカンナは、開会式に行っていないのに、どうしてワクチンを打った跡があるの?と言い放っただけ。これは文法的には質問の形式だが、実際には判決であった。少なくとも中川くんは、そう受け止めた。彼が身体をひどく震わせて、顔に脂汗を浮かべているのをみて、サナエもこの事態の深刻さに気付いている。


 目の前にワクチンがあって、言うとおりにしたら打っていいって言われたら打つでしょお!! と中川くんは涙をこぼしながら訴えている。彼は怒っているように見える。カンナに対して? 自分に対して? ”ともだち”に対して? その心中いかんとも察しづらいが、私が彼の境遇にあったら、やはり打つだろうな...。妹のこともあるし、断ったって始末されるだけだろうし。

 「出て行って。今すぐここから。」とカンナは言った。そして、アジトはすぐ別の場所に移るから言ってもらっても構わないと伝えている。中川くんも手ぶらで戻るのはきついだろうから、穏当な決別方法であろう。さらに、病気の妹さんに何か買ってあげてと何枚かの一万友路札を手渡している。私はこの妹さんのこれからが心配でならない。


 スパイ中川は黙って去った。「ひどいと思う?」とカンナに訊かれたサナエは、優しいと思います、黙って彼を返しましたと答えている。だが、相手は沈んだ表情のままだ。「彼のGPSはもう外してあるわ」と言って、カンナはサナエに何やら見慣れぬ器具を見せている。

 いつの間に外したのか。けっこう大きなGPSだけれど、服などにつけたって着替えたら終わりだ。調理服か? それならば監視者は、少なくとも中川くんが喜楽庵に出勤したことは確認できる。でも洗濯したり新品に交換したら困ったことにならないか。映画なら体の中に埋めるんだろうな。今や日本人は自発的に車や携帯端末にGPSを仕込んで動き回っているので、監視国家も手間が省けるだろうな。


 カンナはかつて蝶野刑事に仕掛けられた通信機でブリトニーさんを失い、ここではスパイ活動によって極秘の情報が洩れ、まだ先のことだがもう一度、盗聴器で危険な目に遭うことになる。監視盗聴は実父フクベエが秘密基地に無断侵入して、よげんの書を盗み見て以来の伝統で、この組織は本当に陰険なのだ。

 カンナに「素性がバレたスパイを、彼らが放っておくと思う?」と言われて、サナエは絶句している。そう、放ってはおくまい。だが、逃げたり隠れたりすれば何とかならないかな。そもそも、脱獄囚の角田氏も不完全ドリーマーのコイズミも、通常の市民生活を送っている様子である。オッチョばかりが捕まったり撃たれたりで気の毒なことだ。


 カンナは「あのとき見すぎたの、多くの絶望を」と、仁谷神父がオッチョに言ったのとそっくりなことを語っている。たくさんの人が死ぬ中で私にもワクチンが送られてきたと言いながら腕まくりをして、カンナはサナエと読者に接種の跡を見せた。「私はそれを打った...」に至る経緯と、彼女が見た多くの絶望は第19集で描かれる。

 その前に第17集後半で、こちらはオッチョが見た多くのゼツボウのほうを読まなければならない。読み手も大変なのだ。ところで先日、私は間違ったことを書いた。第15集のところでオッチョやカンナには、ワクチンは送られてこなかったはずだと書いている。


 そう思ったのは私なりの根拠がある。開会式の二日前、13番の行方を捜すため、蝶野刑事はお尋ね者のヨシツネとオッチョとカンナを、爆発物の処理班に偽装して会場に連れ込んでいる。したがって、開幕当日も当然、それと同じように忍び込んだはずだから、いまカンナが持っている参加者一覧表に、オッチョやカンナの名前はないはずだと考えた。

 しかし考えてみれば、当日のオッチョやヨシツネの堂々とした見張り振りも大胆不敵だが(ヨシツネは警官の顔面チェックまでしている)、ユキジとカンナが平然と客席に座っていたのも不思議だな。二日前から泊まり込みの行列ができたほどの大人気。チケットは当然、指定席であろう。


 例えば、ユキジが偽名でカンナと自分の二人の席を手配したとしたらどうか。住所さえ本物ならワクチンは届く。まさか本名はないだろう。瀬戸口ユキジが着実に地下活動を続けていると、第11集で高須が万丈目に語っているのだから。それともやはり、テロリストやらインベーダーやらがいないと困るのは連中の方なので、適当に泳がされているのかな。

 このあと続く第17集の第5話から第7話にかけては、おそらくこの物語で最も陰惨な場面であり、救いも何もない展開が続く。第17集から第19集にかけては、他にも暗い話題が多くて、たぶん愛読者の間でも余り人気がないだろう。あいにく、このブログは好きな場面だけ取り上げるという、娯楽作品を扱うなら当然の方法論を取らなかったので、お付き合いするほかないのです。



(この稿おわり)



江戸城のお堀近くにある国立国会図書館。国内で出版された書物もCDも、法律の定めにより全てこの図書館に納付しなければならない。「20世紀少年」の漫画と映画もあるはずです。 (2012年11月14日撮影)

































































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