おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

カンナの部屋 (20世紀少年 第540回)

 サナエとカツオにメッセージを伝えて死んだゲンジ一派の男について、疑問があるので考えてみた。

(1)なぜ彼は、氷の女王一派にもスパイが入り込んでいるのを知っていたのか。

(2)なぜ彼は、寿楽庵が氷の女王のアジトの入り口であることや、女王へのアクセス・コードであるパスワード「ひえひえ」等を知っていたのか。変だと思いませんか?


 仮説:男は”ともだち”側のスパイであった。そして、すでに筒抜けになっていた(1)や(2)のような機密情報を知り得る立場にあった。では、なぜ彼は地球防衛軍に襲われ、問答無用で殺されたのか。それはつまりその、地球防衛軍の下っ端たちが、彼はただのゲンジ一派の男だとしか認識せず、スパイであるという極秘情報を知らなかったのです。


 では、なぜ彼はサナエとカツオに、情報提供と依頼事をしたのか。彼が嘘をついていたのでないことは、サナエが氷の女王に会えて、しかも「話がある」という用件がきちんとカンナに伝わったことで分かる。

 ではなぜ喋ったのかというと、きっと彼はヨシツネ隊長の人柄に惹かれるなどして”ともだち”側を裏切り、寝返ってダブル・エージェント(二重スパイ)になったのだ。うん、いかにもスパイ小説とかサスペンス映画に出て来そうな設定で気に入った。...やっぱ、漫画の読みすぎであろうか。
 

 中川くんにサナエのソバのお代わりを頼んだ氷の女王は、「部屋のほうに運んでね」と言ったため、サナエは「部屋?」と不安そうであるが、相手は私に話があるんでしょと言い残して調理場を抜け階段を上っていく。大丈夫、カンナさんは氷の女王なんて呼ばれるような人ではないからと中川くんに言われて、サナエは訪問相手の名前を知った。

 中川くんとサナエは、カンナが本当はいい人であるという話題で意気投合し、初対面で早くも和やかな雰囲気になっている。だが残念ながら、これは二人にとって束の間の交流に過ぎず、最後の団欒に終わった。ケロヨンは強力な商売敵を失ったのだ。


 カンナの部屋を読者が拝見するのは2回目である。2014年に常盤荘で彼女は似たような内装を凝らし、ユキジから何なの、この部屋はと顰蹙を買っている。同じ1960年代風なのだが、ユキジには「ロックの時代」、サナエには「ピッピー風」と語っているのが違う。

 ヒッピーは広辞苑によると、「既存の制度・慣習・価値観などを拒否して脱社会的行動をとる人たち(後略)」である。私が子供のころ、そんなのがアメリカで流行っていたことは何となく覚えているし、「ウッドストック」の映画等でも観てはいる。「脱」という表現に着目したい。反体制の過激派ではなかったのだ。悪く言えば、逃げた。


 1990年代後半にサンフランシスコのヘイト・アシュベリーの交差点に行ったとき、ヒッピーの聖地だった痕跡は全くなく、普通の商店街があって、アメリカ人のように巨大な犬が寝転んでいたのを覚えている。ピッピーは中村の兄ちゃんがオッチョに伝授したように「愛と平和」の人々であったらしいが、今のカンナにそれが似合うかどうか。

 それにしても、ソバ屋の2階に潜むとは大胆不敵というか野放図というか。のちに彼女は、別のアジトに移動するという言い方をしているので、このヒッピー風の六畳一間は間違いなく氷の女王のアジトなのだ。ソバ屋の客や前の道路の交通人とは、わずかに開け放した窓ガラスのみで仕切られているだけ。簾に風鈴もある。外側は和風ですな。


 相変らずLPレコードが壁に飾ってあったり、床に並べられていたり。第5話の扉絵でカンナが胸ポケットにつけているバッジに書かれている「33 1/3」という数字は、LPを載せたターンテーブルが1分間に33と3分の1回転することからきている。なぜ、こんな中途半端な回転数なのか知らない。3分で100回転だから、けっこう速いかな。

 ギターのところにだけ小さなカーペットが敷いてあるのは、これが大切なものだからなのだろうか。隣のゾウさんのような置物は、ヒンドゥー教ガネーシャのようにも見える(牙が片方、折れているはずだが...)。ガネーシャヒンドゥーの三大神様のお一人であるシヴァの息子。


 カンボジア駐在時代にアンコール遺跡に行って、英語ができる現地人のガイドを半日雇ったことがある。アンコール・ワットは創建当初、ヒンドゥーの宗教施設だったが、途中から仏教寺院になったため、ヒンドゥーの神像と仏像の両方が立ち並んでいて壮観である。

 ガイドの青年は或る神の像の前で立ち止まり、「ディス・イズ・シヴァ、ザ・デストロイヤー」と誇らしげに紹介してくれたものだ。私は内心、プロレスラーを懐かしんだ。シヴァは破壊を司る神様だが、単なる乱暴者ではなくて創造的破壊を行うということもあり篤い信仰を受けているそうだ。


 襖に貼られたワッペンかポスターのようなものには、幾つかのロック・バンドの名が記されている。すでにその名が登場しているグレイトフル・デッドとジェファーソン・エアプレイン。一番大きいのがちょっと読み辛いが、これは”The Weat Coast Pop Art Experimental Band”という60年代ヒッピー風のバンドである。彼らのシングル・ヒット曲、”The Smell of Incense”のイントロのギターは、何度聴いても「八木節」に聞こえる。「ちょいと出ました三角野郎が」の部分。

その上の”LOVE”は、ロック・バンドの「ラヴ」のことかもしれない。私は彼らの「フォーエヴァー・チェインジズ」も持っているんだ。自慢の品の一つである。ロサンゼルスのタワーレコードで買ったカセット・テープだけれど。


 さて、サナエは60年代だピッピーだと言われても何のことやら分からないのだが、カンナは気にせず「テレビの声、聴いたの?」と質問を始めた。サナエはカンナに好意を抱き始めている様子であり、頬を紅潮させて答えている。「はい。あの”武装蜂起せよ”っていう声」。

 カンナは氷のような冷たい表情のままで質問を重ねている。「どうやって、ここがわかったの?」と。風雲急を告げ蕎麦屋の二階であった。



(この稿おわり)




静岡市を見下ろす竜爪山。右側の文殊岳は標高1041メートル。6年生の遠足で頂上に立った。
(2012年10月21日撮影)





  風は暖簾をバタバタ鳴かせて
  ラジオは知ったかぶりの大相撲中継
  悔し涙を流しながら 
  あたし タヌキうどんを食べている


         中島みゆき 「蕎麦屋




























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